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人生を一年ずつ区切る演出 経済的発展の季節

私の自我の芽生えは16歳の時だった。

S先生は窓の外ばかり眺めている私をちょうどその時習っていた現代社会のスチューデントアパシーの例として生徒に示した。

「Hみたいな生徒のことだな、学生特有の無気力症候群と呼ばれるものだ」

クラス内に笑いが起こった。無気力から私の自我がうまれた。

17歳、反抗の年。尾崎豊の「17歳の地図」は等身大で「ライ麦畑」など、この時の感情はもう戻ってこないであろう。

18歳、アイデンティティの確立。私はこの時に至って初めて我が欠陥と同時に不平等、多様性、みんな違っているということを知る。16歳で芽生えた自我は、18歳で揺るがぬものになった気がする。それ以来私は自分自身を特別な個性として認識し、汝自身を知れの言葉に倣い、究め続けている。

19歳、浪人。文学への目覚め。生き方に迷った私は、運命的に文学を導き手として選んだのであった。多く旅に出たのもこの時期だった。私は何を求めているかを知らないで、ただ何かを求めていた。歩み続けることがどこかにたどり着くための必要条件だとの確信を胸に。

20歳、大学生活と不条理。社会構造と人生観との齟齬が生じ始めたのはこの頃だ。大学を去ろうと決めながらも、その先のあてはなく、ずるずると大学生であり続けた。もっぱら私の活動拠点は図書室だった。多く読書したのもこの時期だったように思う。

21歳、恋の季節。この頃、私は人生が季節のようなものだということを発見する。すなわち、春すぎて夏来たるらし、夏を知って、初めて春とその季節の変化することを知ったのである。おそらく他者というものを真に認識したのはこの時が初めてだったであろう。

22歳、人生最高の夏休み。あえて退廃することを望み、実行した。青い海、澄んだ空、さわやかに吹きわたる風、肌。

23歳、退学。最後の社会的な武器を捨て去った。素手で立ち向かんとする若さがこの時にはまだあった。今ではあまりに私は弱体化した。

24歳、文学活動。小説を書いたり、ブログにも多く記事を書いたはずだ。しかしながら、活動に精を出せばそれだけ、己の未熟と才能のなさを思い知らされる。

25歳、就職。文学の糧となるとの期待、底辺からの出発。また、サラリーマンの気楽と便利。

26歳、経済活動の始まり。定職に就くことで初めて経済社会の中で生きることになった。消費者としての自覚が芽生える。

27歳、自立。一人住まいを始め、煩わしい関係などはすっきり解消し、自由度が増す。

このように、私は半ば意図的に一年を区切りながら生活することを自ら課し、人生をよりドラマチックに仕立て上げる演出をしている。そして28歳、テーマは経済的発展。物質的アプローチに重点を置いてみようと思う。これまで私は心の動きというものに関心を置き、それをこのブログでは扱ってきた。だが、作品に触れて引き起こされる感情や思想は、文章に起こされたときには、すでにひどく劣化しており、果してこれは文学活動として正しいやりかたなのか?という疑問を感じるようになった。そこで、自己表現として、私の身の回りのものを描いていくことで、私自身を浮かび上がらせながら、私の価値観と思想を実際的な観点でより客観的に測ってみる狙いもある。とはいえ、それが興味深く、おもしろいものとなるかといわれると疑わしく、今まで気にかけてくださった方々からはつまらなくなったといって、期待外れの結果になってしまうという懸念がある。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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