ニューグランド『ザ・カフェ』 雄弁な「プリン・ア・ラ・モード」

横浜という町は私を文学の世界へといざなう。名古屋の文学というのは、私には少し考えにくい。けれどもその土地に根付く文化・習俗を敏感に感じ取り、精緻に表現してこそ作家である。名古屋にも十分に文学が隆盛するための土壌はあると私は考えている。しかし、東京や横浜のおしゃれでロマンとノスタルジーの共鳴はすでに最高峰の詩情を人々に与えるのではなかろうか。

私はSとホテルニューグランド一階にある『ザ・カフェ』で落ち合うことにしていた。背もたれの傾斜がきつく、やや窮屈な窓際の席で待っていると間もなく彼女はやってきた。

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「おまたせ」

そう言った彼女は以前と変わらず華奢で気持ちのよい口角をしていた。ザ・カフェにはよく来るらしく、久々にプリン・ア・ラ・モードが食べたいと言って、紅茶と合わせて注文した。私はアイスコーヒーをお願いした。

私は別れた女とは会わないことにしているが、このときばかりは例外であった。それは血のごとく全身を流れる功利主義によるのであろうか、親しい関係になる望みがない、あるいは私に相手に対する興味のひとかけらもないのに会って、話をすることが全く無意味だと思うからである。一期一会に大きな価値があると言われるゆえに、こうした男女の一会の価値は限りなくゼロに近いのである。

「やっと会いに来てくれたのね」と彼女は冗談半分に言った。

「ああ、ずいぶん時間が経ったけれど、やっと気持ちの整理がついたんだ」と負けずに私。

彼女との別れは振り返ってみればとてもドラマチックだった。けれども当時の私にはそんな感慨に浸る余裕はなく、ただ悲しみをこらえていた。「なごり雪」のように落ちては溶ける雪を見ていたわけではなかったが、雨とも涙ともわからぬものが何筋もほほを流れて行った。別れ際、「必ず会いに行く」と私は彼女に伝えたが、その返事はなかった。その後何度か、新幹線の切符売り場の前で足を止めたが、とうとうそのまま10年が過ぎていた。

私は会話を続けながらも、彼女の言葉や表情に、私への好意のしるしを見つけようと無謀な努力を続けていた。私の中でこの恋は未だ、終わりを迎えていなかったようなのである。そしてあの頃から生じた現在に至るまでの恋愛に対する私のそっけなさは、この恋愛の未決着によってもたらされていたのだ。彼女は知的で器用でひたむきだった。そして女性らしかった。

私の発する問いに、的確な答えを提出しつつも、その解答には無関心を込めたぞんざいさがあり、そのぞんざいさが私へのメッセージであった。交わされる言葉の中には微量な精神安定剤のような成分が含まれていて、それは私に対する最後の彼女のやさしさであり、手っ取り早い治療法でもあった。意気地なしの私は、自ら恋に終止符を打つことができないのだ。どうして、自らスタートの一歩を踏み出せよう?

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彼女の感情を、私は初めから察するべきであった。プリン・ア・ラ・モードを食べようという心境から、すでに諦めがついていたはずであった…。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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