一つの部屋に落ち着いてじっとしていられるために 日本は相も変わらず苦しみと悲しみに進んでいく


「人間の不幸は、ただ一つのこと、一つの部屋に落ち着いてじっとしていられないことからやってくる。ある男が、生きていくのに十分な資産をもっていて、わが家で楽しく過ごす術を心得ていたら、家を出て航海や要塞の攻囲に乗り出したりはしないだろう。あれほどの大金をはたいて軍隊の職を購入するのは、ひたすら町の外に出ないことに耐えられないからだ。社交や賭ごとのような気晴らしを求めるのも、ひたすらわが家に安住していられないからだ、云々」   『パンセ』 パスカル著より


私は旅に出るのが好きだ、そして読書するのがもっと好きだ。旅が心と体を解放するならば、読書は精神を解放する。私の生活にとってこの二つは必要不可欠なものであるが、しかし一つの部屋で落ち着いて満足することはできないものだろうか?たしかに退屈しのぎ、気晴らしに旅や読書をしているということは認める、だが、人生にとって有益なものとは果たしてなんであろう?仮定や前説ではなく、実験と結果によって私はものごとを判断する。そのため、運命の潮目を注意深く見極め、その時期に歩むべき人生行路というようなものをなんとか見出そうと苦心する。また、あえて過ぎ去った日々を区切って、そのそれぞれにピカソの「青の時代」のように意味づけをして、自らの人生にトリックを仕組む、するとわが人生が意義と目的をもっているような気になるのである。人それぞれ、各々の人生というものは波乱に満ち、ドラマチックなものなのだ。私は機をとらえて、「一つの部屋にじっとしていられないものだろうか?」という問題に取り組むべく新しい住まいを借り、独り、暮らし始めることにした。すると大きく労働と人間活動(快適に暮らすための雑事)と余暇のバランスが変化し、旅という気晴らしは外野へ追いやられてしまった。同時に以前ほど旅への憧憬を感じなくなったいた。読書は哲学的な気晴らしではなく、文字通りの気晴らしの役割をも担い始めた。一つの部屋に落ち着いてじっとしていると、経済状況など大した問題でなくなる、選挙で話題になる経済政策への関心がいよいよ薄くなっていく―なぜ日本は経済成長、経済成長と、経済の立て直しばかりを望むのだろう?政治の役割は経済発展である、というのが日本の考えかたらしい。道徳という言葉はすっかり聞かれなくなった。そういえば、今回の選挙で私は、「投票に行かない」という選択をした。日本は自民党の好き放題にできる国だ。たとえ、政権が自民党ではない政党に移ったところで(一般市民の投票によって)、具体的な政治活動に属する機関や団体が自民党と結束してしまっている(長年にわたって築かれた堅固なつながり)ため、政治は機能しないのである。トップの連中が問題なのではなく、その政治的土台となっている官僚や大企業、富裕層の思考が問題なのだ。経済が中心になるのも当然であろう、改憲云々もそのためであろう。とはいえ最大野党の民進党は看板変えたてで心もとなく、その他の政党はあまりに現実の政治体制からは飛躍しすぎている。よって私は投票を控えることにした(参議院選挙であることも影響している)。結果も、自民圧勝というのは火を見るより明らかであった。また、肌で感じていたのは公明党の躍進―公明党支持者の応援の力の入れようはいつも違和感を覚えるが、今回は以前よりも強く感じた。また、共産党を推す声がわが耳にまで届いてきたのには少なからず驚いた。根柢を揺るがすには至らないが、日本の末端でわずかながら変化が起きている、そんな実感を得た。一つの部屋に落ち着いてじっとしていることは、拡大解釈すれば政治に参加しないことでもある。国に流され、世界情勢に流され、その中で抗うことなく、受け入れていくことでもある。私は落ち着いてじっとしていられる空間をつくりだすための努力を惜しまず、身辺を整えていく。日本は相も変わらず苦しみと悲しみに進んでいく。

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この記事に拍手した16人は選挙に行かなかったんです? か?

日本の憲法改悪の日程は今回の選挙結果で上梓されてしまったわけです。
あとは時間の問題です,審議日数の確保さえすれば,です
すぐ改憲の着手ができるようになってしまった。改憲組四党に,三分の二というを力をあたえた

 「日本は自民党の好き放題にできる国だ。」

それを平気で「追認」できてしまう,あなたがたが,不思議です

どいつも,ダメなやつばっかりだ,と思うならゼッタイ当選しないというやつに一票とうじればいいじゃないですか

消極的棄権は追認とおんなじ。勝った方の積極的追認,と お な じ。

何も野党に票を入れない人間はだめだ,といってるんじゃありません。
選挙ジタイを意味のないものだと考える民は,民主主義国においては民以下の,なにか,です。


わたしは,日本の憲法は世界で一番,精神の自由と平和の希求を,
理想を高らかにうたった,最も尊い憲法,人類のたからものだ,
と考えます。
ヨーロッパの英知,「精神」「自由」からもらいうけたギフトのようなものだと考えています。


そもそもかつての帝國日本の戰爭責任者の一族をおおぜい養う自民党をなぜ支持するのですか?
呆れ顔でドイツ人に聞かれます。
そもそも民主主義を奪われている中國人には,モノゴトの価値がわからない日本人,と侮蔑顔で嘲られます

今度の選挙結果をフランスの新聞もタイムスも書きたてています。トランプを担ぐアメリカにさえばかにされています
ねw

そんな気持ちはもとより個人的なおもいにすぎないと思いますか?
しかし,もとより,そして究竟その個人が,責を負わねばならないのが民主主義なんです。

個人的なおもいが国を動かすのが民主主義の理念です

世界が日本を見る目はあきらかにかわっていますね

中國人に,ヨーロッパの叡智,民主,自由の精神に,顔向けができません。
ファッショの後始末も結局はひとりひとり個人が責を負うのです。
ファシストの狂気を負わねばならないのが個人です。それを民主,というのです。

ファショもまた,個人の想いの総体です
「積極的追認」と「消極的追認」の積み重ねで起こる
畢竟たくさんのあなたのような無自覚のひとが,ファシズムをよびよせ,ファシストに力を与えてしまうのです

つまり民主主義の意味を理解しないヒトによって。

消極的棄権は追認とおんなじ。勝った方の積極的追認をしてしまうおおくの,民でない,バカに限りなく近いナニモノかによって,ヒットラーがあらわれる
“最低限の精神の自由” は “民主主義” が担保,御しているのです。その “民主主義”の4文字は
民主主義の “主” の字を “民” がまもることによって保たれる。

日本においてその主権在民を担保しているのが日本の憲法です。
ごぞんじですか?
それを踏みにじろうとしている自民党の政治を,國家第一,自衛権というアメリカ加担第二,立派な家族がその次,個人は能力あるものだけでいい

個人の精神の自由?そんなものは “國” には必要ない。

国歌は声をだして歌わなきゃいけない,日の丸に敬礼,それは当たり前かもしれない,しかし。

そのことと,しかし,大きな声でうたわなきゃならん,折り目正しくしっかり敬礼しろ,真面目に 国や天皇を 尊敬しろ,

それを個人に押し付けること,尚かつできない人を罰することは,まったくちがうのです。
規律をまもること,と,人まかせ,主人次第の奴隷になることはちがうのです。
自分の在るべき姿,自由な評価の上で,それを意志として行う,それがとりもなおさず自由です。そのうえで歌いたければ歌えばいいのです



 「具体的な政治活動に属する機関や団体が自民党と結束して
 しまっている

などとという,ひとまかせ,の認識が,
あなたのようなのが,つまり与党追認者が,

 「政治は機能しないのである」とさかしらにいうあなたが,つまりは

そういう状態にさせているのです,
大いに自民党を盛り上げてしたがってやっているのです

消極的棄権は追認とおんなじ。勝った方の積極的追認,と お な じ。
あなたにだけ言ってるのでなく,わたしは参議院選挙以来,選挙に行かなかったという,ひとには一様に,面と向かって
ばーか。
といってますw
バカがいがいと多いので,これは大変なことですがねw
「いや,自分は安倍にいれた」,という人とはしっかり対話をします,そんなひとはいませんがね,わたしのまわりには。

バカにははっきり申し上げないと,とつくづくおもいましたので
こうしていま侮蔑を,拡散させてます。




すでに日本は,精神の自由を希求するひとは自由を希求するがゆえ,
intolérance 「不寛容」の時代に入ったのです。

すくなくともわたしは,参院選以来この分断をみとめて,自分の不寛容の意思表示を始めています。
意味が解らなければヴォルテールをよめばいいでしょう

ヴォルテールは寛容を説いたけれども,寛容を害する不寛容は,けっしてみとめてはならない,と。
不寛容にたいし寛容で当たってしまえば,それは不寛容を増長させることになる。

つまり消極的追認は積極的賞揚になるのです,ということです

フランスの知性,自由と主権在民の觀念は,そこから芽吹き,強靭にそだち,ついにルソーを生み出したのです

そして,あなたは知らないかもしれませんがね。
ジャンジャック・ルソーの思索によって,啓蒙によって,後押しされ,力を得た民衆がかちとった,
「自由,平等,博愛,しからずんば死を」,という究極の理性が,

近代の民主主義を構成し持続させていく理念と,「責務」を植え込んだのです。

露骨な言論の自由の制限,秘密の保護,教育現場への介入。
教師が

『子供を戰爭にいかせたくない』

といっただけで,文部省に報告しろ,と,
保護者や教育関係者に,密告を奨励している安倍政権を追認する人が,

政権が國民からうける立憲主義の制約を取りのぞこうと,逆に国民を縛ろうとする日本を非立憲民主國にしようと,はかる改憲に着手する,それをみとめる,
精神の自由を踏みにじる様な自民党の憲法草案を,あっさりみとめてしまえるひとが,
それでいいんじゃない?と考える,しかもそれを平気で口にできるひとが,

しれっとしてルソーを語っている

このことに滑稽と失笑を禁じえませんね

玄さんへ


こんばんは。コメントありがとうございました。
丁寧かつ詳らかな論説感謝いたします。

私は常々、玄さんに対して畏敬の念を抱いています。あなたほど誠実に国と社会に向き合っている方はなかなかいらっしゃらないと思います。その姿勢には頭が下がります。私は残念ながら、もう諦めてしまいました。そうです、おっしゃる通り”ばーか”どころか日本国のごみクズのような存在です。玄さんがおっしゃったことの大部分を私は十分理解しています。その上で、ごもっともだと申し上げたいです。反論はありません。あなたのように考え、行動することが私にはできません。それほど気概がないのです。

玄さんは一思いに首尾よく主張することができますが、私の場合、返信の際話がまとまらないことが多いのでご了承ください。

諦めたと私は申し上げましたが、日本の現状に対してどうしても詰んでしまっている、手遅れだと考えずにはいられません。しかし、そこにも玄さんは希望を抱いていらっしゃる、すごいと思います。正直なところ、日本の憲法は詳しくは知りませんが、非常に尊いものだというのは私も同感ですが、日本人にはまだまだ身の丈に合っていないと思います。当然、こんな憲法変えてもいいと考えるに違いないと思っていますから、そこに向かうのは当然のような気がします。そんなものに賛成する気にはなれませんから自民党に投票するのはあり得ないのですが。理想を壊してしまうのはもったいないですが、国民がその理想に全く追いつけないのですから仕方ありません。野党についてですが、政権交代が起こった時、あれは本当に一世一代どころの話ではない、日本を変え得る今世紀最大のビッグチャンスのはずだったのに、もうちょっと政権を続けられるようにはできなかったのでしょうかね?もっと必死になんとか政権を維持しようと、そういうものが国民には伝わってこなかった。やはり自民党か、と。あれは本当にもったいなかったですよ!本当に、次はいつああいう、ムードに国中がなることでしょう?選挙はやっぱりムードも大事でしょうから。しかも、今回の都知事選の野党共闘の代表がなかなか決まらず、ギリギリでしかも鳥越氏となったのには私は失望しました、やはり野党は実力不足かと。さらに、私に追い打ちをかけたのが複数の公明党支持者からの願い出でした。私はなぜ公明党に投票することを拒否するのであるか?それは創価学会に対する偏見ではないのか?しかし、私にはそれ以外に拒否する理由がみつからないようでした。自民党やいや、民進党はいや、公明党の掲げる理想を、宗教が基になっている以上否定することは難しいような気がします。私には八方塞がりでした。政治理念がなかったのです。すみません。私のようなバカが日本には多くいるのも事実だと思います。私はそれを知らせようと思いました。日本は本当にバカが多い国なんだと。どうか、侮蔑を私に対する侮蔑を筆頭に拡散させてください。戦争ができる国になったからといって、少子高齢化が進む、日本国になにができるのでしょうか?私はそれも疑問に思います。また、そもそも、すべての元凶は国内の経済の悪化ではないでしょうか?原発にしろ戦争参加にしろ、経済が立ち行かないから、このような暴挙に出ざるを得ない、だから誰も反対することができない。多くの方が原発や戦争が悪いと主張するが、元をたどれば経済に対する考え方が間違っているのではないでしょうか?日本の資源や道徳などの身の丈をわきまえず、要求ばかりしているんです。生活に対する考え方が、くるっています。戦争やファシズムに向かうのも当然なのかなって諦めています。国民一人ひとりが変わっていかなければなりませんが、もう手遅れですね。選挙の結果が出るたびに、実に日本人らしいなと感じます。最近では芸能界みたいになってますね。結局私もそれを追認するバカな日本人なんです、自覚しています。残念ですが、もう一度言いますが闘う気力がないのです。

ルソーを理解しているつもりです、滑稽で笑止千万でしょうが、私はこれでも本当にほんの少しばかりは死を覚悟しているんです。

そもそも,肯定できる人にはバカとは言いません。

ものごとを否定しながら,實際には肯定していることに気づかない,
この世でこれほどおろかしくみえることはありません。

そうであるならそれは結果的に追認ですよ,といっただけです


わたしは「自分自身」について明晰な心で接していたいと思うし,自分の在有,在由をたいせつに想って生きています。人や誰かのために生きているのではありません。
ましてや國のために生きてるわけではありません,自分のことしか考えてませんよ。自身は民,だとおもうから民が主であることを整合させてるだけです。


もう死ぬ,という人には

「たとえ,明日が世界の終わりとしてもわたしはリンゴの木を植える」

という言葉をもうしあげたい。

No title

>闘う気力がないのです。
ふふふw、投票をディスる気持ちは分かるけどw。

多くの人も、hajimeさんと同じ考えだと思います。
でもね、多くの人が同じ考えを持つ、ってことじたいが、
あり得ないことだと思ってほしいです。
その無気力さは、自分の内側から生まれたものではなくて、
外側から感染したものではないかなぁ。
それは、自分の思考ではないと思いますよ~。
いいも悪いも、考えることも何もないような、
世の中の心理的事実です。

自分の権利と、その行使は、
みんなが投票に行くも行かないも、
みんながどこに、誰に、票を投じるかも、
おれにはまったく関係がない。
思考は、そこから始まります。

偉そうなことは僕も言えない。
たまに選挙でもないと、
政治のことなんて考えないもんなぁw。

No title

―― たとえ,明日が世界の終わりとしてもわたしはリンゴの木を植える

どのようにうけとめられましたwww?

これは世のため人のために何かすることは,尊いことだ,とか
或いは最後の最後まで希望を持つことがだいじだ,とか,おもわれました?あきらめない?
そんな功利的なハナシじゃありませんよ。
自己犠牲?おおむねそういう人は何か,や,誰か,のためにならなきゃ,何も意味がない,と考える。


しかしこれは強烈な,自我,
「リンゴの木を植える」,というのを「自殺」をする,におきかえてもいい。自存意識過剰者の言です

たとえあした一切が「無」になる,としても,一切が是「空」になるとしても
それでも,自ら今日,木を植える,今日,自殺するです。
自己認識,のきわみ,です。つまり “我”
自分がやるべきことが,これだから,やる
究極の自由です。ルターは,そういうひとです。無神論者の『神はいない』でも隠秘主義の『神とは完結』でもこれを乗り越えなければ宗教改革などできないからです


世のなか自殺を考える,それなりに理由があるでしょう。しかしふつー自殺する理由なんてのは,世界がもし明日終わるなら,そもそもなくなってしまうような理由です。

それでも自分は,自殺する,というところまで,究極のところまで自分を見出した自ら由を持っている人なら,明日も,世界も,ましてや実も名も
  「おれにはまったく関係がない」

詩を書くなんつー人はそういうひとがおおい

「ほんとうの思考は、そこから始まりますし,」

それが “自” です, “自” はfrom, origin, alef です,

靑刀さんの詩はアバンギャルドというよりアルカイックだとわたしおもいます
究竟,同じことを意味するのですがね。だから面白い

Hajimeさんは Hajimeさんです,Owariにはまだまだ長いとおもいます,

青梗菜さんへ


コメントありがとうございました。

自己を肯定しようとするがあまり、投票をディスることになってしまいましたので反省です。

選挙に行かないと自分で決意しているようでいて、実のところ思考なく外部の働きによる心理作用によってそうした無気力が生じていたわけですね。

強い意志をもって外部に対する関心を断絶し、思考を始めたいと思います。思想を語っておきながら、思考停止に陥っていたとは恥ずかしい限りです。

玄さんへ


コメントありがとうございました。

まずはじめに「希望を持つこと」だと思いました。しかし、すぐに違和感を覚えましたが、しかしキリスト教の考えでいけば、現世ではなく来世に重点がありますから、来世への希望、そして信仰かと思いました。
私はどうしても人間の存在を、特に自己存在を考えたとき―自己存在などというと漢字に精通している玄さんに笑われそうですが、存有、在由の言葉は印象的でした―どこかに功利を見出さなければ気が済まないです。私が詩を書かない、書けないのはそのためなんですね、きっと。それに改めて気づくことができました。

死を覚悟というのは自らすすんで「自殺」することではなく、自民党に投票する、もしくは投票せず追認した個人は戦争に行く、あるいは戦争に関わりを持つことで奪われた生命に対して責任を持たなければならない、すなわち(なぜ人は戦争で自分が死ぬことは考えにくいのでしょうね、不思議です)死の覚悟が必要だと思ったからです。ナイトテーブルに短刀は入っていませんが、そうした願望が少なからずあるのも否めません。

>自己認識,のきわみ,です。つまり “我”
自分がやるべきことが,これだから,やる
究極の自由です。
そういう意味の言葉だったのですね、勉強になります。玄さんは革命を達成しうる英雄的要素をお持ちのようですね。そこが私の弱いところで玄さんへの羨望あるいは引け目となっているのだと思います。

靑刀さんの詩を恥ずかしながら存じ上げていないので、いくつかお教えいただけないでしょうか。お願いします。

詩を書けるくらいに、本当の思考を始めなければいけないなと痛切に感じています。自存意識を強く持つことですね。

玄さんはユーモアもありますよね。私の話はかたく、つまらないのでいけません、性分なのですが。Owariにはまだまだ長いと思いますが、最近時の流れの早さを感じます、もう若くないなと、若ければ少し考えているだけで立派なものですが、歳をとったら思索を重ねた思考に基づく高邁な精神が備わっていなければなんともなりませんね。

No title

玄さん、僕からもお願いしますっw。
アルカイックなやつを、
1つでも、2つでも!

No title

靑刀=青く硬い野菜さんw

失礼。「詩」とは言いませんか?
自動筆記、的な言葉の群れ。わたしは詩人だなー,とおもいました。

「意識して奇をてらう表現」の裏には,そのじつ意外な素樸な感性で書かれてらっしゃるなと,うけとめました。

目線と表現がズレてない確かさがありますね。
わたしはけっこうまじめに読んでますよ
ディするとか,知らない言葉がよくでてくるので勉強しつつ,ですw

Hajimeさん,政治家というのは,つねに「次の世代」や「弱者」にツケをおしつける算段をしている,これは古今東西どこの世界でも同じです。
わたしたちが見張ることで,かれらはあまり無茶なことはできない。
彼らのめちゃくちゃをゆるしている,というのは監視がたりないからです,つまり私たちに問題があるんです。

彼等はできれば見張られてほしくない人たちです。だからこそ選挙に意味がある,その
「いいひとを選ぶ」ことは権利ですが。「見張り」は責務ですよ

靑梗菜さんが選挙の時だけ,政治を考えるとおっしゃる,選挙權の行使としてはコストパフォーマンスが高いですねw


今後ともよろしく。ありがとうございました
梗の本義は,硬い,直立
骾(骨に更),鯁(魚に更),どれもみななんとなく刺さるヤツ,トゲですw

玄さんへ


青梗菜さんのことでしたか!すみません!

青梗菜さんは詩人以外の何者でもありませんよね。様々な視点で多岐にわたって書かれていますし、なにより玄さんから読まれるというのは内容があって面白味もあるということに他ならないと思います。ふと、私はブログで何をしてるのかなーって、思想なんだろうけど、なんだかなぁ。

原罪もあって責務もあるとなるとなんだかつらいなぁ。宗教と政治には正直疲れます。

選挙権の行使としてはコストパフォーマンスが高い、いい表現ですね。

漢字を普段使ってますけど、ほんとテキトーに使ってるのでよくないですね。玄さんは私の「見張り」みたいなもんです。そのわりに横着してますがw

毎度ありがとうございます。どうぞよろしくお願いします。

No title

へへへw、
アバンギャルドは、いつだったか、
hajimeさんが青梗菜を評してそう書いてましたよっw。

>「意識して奇をてらう表現」の裏には,そのじつ意外な素樸な感性で書かれてらっしゃるなと,うけとめました。
ふふふw。
もうねぇ、書き手より、読み手が詩人なのです。

個人的なことがらを、
分かりにくければ、分かりにくいままで書けば詩になると思ってますから、
詩は楽ちんです。
詩以外の文章は、個人的な分かりにくさを擁護してくれません。
だから詩はちょっとずるいです。

>原罪もあって責務もあるとなるとなんだかつらいなぁ。宗教と政治には正直疲れます。
うん、原罪はひどいよなぁ、不条理すぎるわ。生れてすみません、ってやつだ。
たしかに、責務はつらいです。
自己の権利とその行使を、自己の義務のうちに数える、
ん~、率直に申し上げて、楽しくない構えですw。
僕は、どの党がどんな法案を出したか、出そうとしているか、
それだけチェックします。
僕にしては、じゅうぶんだと思ってます。

>どれもみななんとなく刺さるヤツ,トゲですw
すばらしいっ、我ながらいいネーミングでした、うれしいです。

セキム

責務というのも,捉え樣は人によってさまざまです,
重苦しく考えるひともいれば,考えなくてもテキトーにやれちゃってる人もいる。それしかできないひともいるし,責務をおれはいつも失敗してると考えがちなひともいる。

ヒト種はそれくらい個体差があるけれども,畢竟同じことをしなきゃならない,だからこそヒトは亡びずやってこれた。

民主主義には合理性があるのです,
ファシストは人類の生存の敵なんです。
定型にはめようとする「優生思想」をもちながら,そのジツすべてをぶちこわしてしまってるオロカ者です。
神経病が激越型になるとなにをやってるかもよくわからなくなる。
めんどくさいけど治療してやらなきゃあとで自分たちがこまるんです
ハタメーワクですから。ソコ拒むことは,人類の責務以外のナニモノでもありませんよ。次回は必ず行使してくださることを望みます~~~




No title

玄さんに対する反論としては、
「ご立派なご意見で」

これは効きめがあると思うw。
反論にもなっていないゆえに、
最強だと思います。

責務を引き受けた者に対する揶揄、
ってのは、残念なことに有効であると思えてきます。
「はいはい、ご苦労さん」
「利口な人は違いますね」

>ファシストは人類の生存の敵なんです。
はい、つまり、敵はファシストを支持する人たち、
人類の圧倒的多数を占める大衆、ってことです。
世の中に落ちている言説を拾ってきて、
回し合っているだけなのに、
自分を知的だと思っていて、
自力で思考していると思っている大衆です。

その大衆からは、僕も抜けられません。
自分が自力で思考しているとか、
おれはあいつらとは違うとか、
その思い上がりがすでに大衆の特徴で、
だから、僕も無気力にならざるを得ないけれど、
玄さんが言いたいことは、
ファシズムくらいは気づけよ、ってことだと思います。

思いつきなのですけど、
若い人たちの投票率が低いのは、
学校行事とか、職場くらいしか、
マスのイメージを持っていないからではないかな。
その代わりに、ニッチには、かなり目が行き届く。
同じような構成員の中にいると、
小さな差異が際立ってきますから。

政治を、中学や高校の文化祭くらいに置き換えると、
集団行動を冷ややかに見ることで、
自分が浮かび上がった気分になれる、
あの感じは僕にもよく分かります。
みんなが、型にはまって、何の疑いも持たず、
従順な家畜の群れみたいに見えてくる。
みんなが馬鹿に見えてきて、
自力で思考している自分がくり抜かれる、
おれはあいつらとは違う、
そんなニッチな差異。

「校歌を歌うの? はいはい、ご苦労さん」
ってのと、
「投票に行くの? はいはい、ご苦労さん」
ってのは同じ集合で括れないかなぁ。

投票に行ってよかった。
こんな思いつきをここに書けるだけでも、
僕は投票に行ってよかったよっ♪

とくにファシズムのハナシに特化せず書きますがね

わたしはね,冷笑されることをおそれて,おためごかしをいってるリベラルの「寛大」なホホ笑みがきらいでね,

いのちをとられるわけでもないのに,口をつぐむ。かれらがいちばんおそれるものはナニか?揶揄です。

常にバカにされることをおそれて,前線は人任せにする。バカにされないとわかると,とたんにエラソーになる。しかし前線ではバタバタ人が倒れる。今度は尻込みする。その逃げ口上にこんどは揶揄を使う。

揶揄は,揶揄に価値を見出せるヒトとしかハナシができないものです
だから揶揄が蔓延しやすいんです,何の意味もないから伝染も早い

なんの意味があるか,さっぱりわかりませんよ。

ことばでどんな侮辱を受けても,ね,腹が立ったらクチの悪さでは人後に落ちない。さらにムチャクチャな揶揄で言いかえせばいいだけのハナシですw

言い返せないようなら「知性」ではないですよ
どうも揶揄が好きな人は「知性」というものがわかってないんじゃないでしょうか。そういうひとは揶揄の世界で揶揄の夢でもみてればいい。

あなたはそういう種ではないはずとおもえるwから書くんですがね。
内田樹みたいなのが反知性VS知性,なんてこじゃれたこといって図式化してますがね。

ヤンキーと,ただ運動が苦手なだけで頭ワルイい文系のけんかみたいなものになる。
ヤンキーはほんとの体育会系とはけんかしないでしょ?


わたしはそもそも冷笑されてますよ
冷笑や侮蔑,「反知性からの攻撃」を恐れていたら,『選挙に行け』なんて,まっとうなことを,あえて書けますか?

ただアツく語るだけなら,水をかけられてオワリですよ。そういうのを水を差すというんでしょーが

「みんな濁ってるっ世の中の水がキタナイっ」,
とさけぶバカがいる。すると
「それはね,あなたが清らかすぎるんですよ,いやなら濁ればいいでしょう?
それこそが,ほんとうの知性というものですよ」,という。

わたしはそうはおもわない,それは知性ではない,
それだけですよ
あえてナニ,というなら,それは「お笑い」番組です。

ちっちゃい子供のころからわたしは,のっぺらぼうのハナシがこわくてこわくてしかたありませんでした
「それはこんな顏をしてたんじゃないのかい?」ってやつです。

その恐怖がね,わたしの文学の動機でしたw
そしてね,わたしが好きな文人はwみなが酔ってる中にいて,醒論(正論ではありません)を一人吐くひとばかりです,
チョムスキー,マヤコフスキ―,クロポトキン。屈原,荘子・・・・,

あなたにならセリーヌ,アルトーといえばわかりやすいでしょうかwwww?
ま,そんなカンジです。

No title

>わたしはね,冷笑されることをおそれて,おためごかしをいってるリベラルの「寛大」なホホ笑みがきらいでね,
はははw、ややこしいですw。
>ことばでどんな侮辱を受けても,ね,腹が立ったらクチの悪さでは人後に落ちない。さらにムチャクチャな揶揄で言いかえせばいいだけのハナシですw
玄さん、威勢がいいなぁ!
まぁまぁ、そこは落ち着いて。子供ぢゃないんだからw。
そのみっともない口喧嘩は聞いてみたいけど。

>わたしはそもそも冷笑されてますよ
そうなんですか?
>冷笑や侮蔑,「反知性からの攻撃」を恐れていたら,『選挙に行け』なんて,まっとうなことを,あえて書けますか?
ああ、それはありますね~。

まっとうなことは、誰からも文句は言われません。
まっとうですから。
たとえ薄っぺらくても反論はありません。
その代わりに冷笑や侮蔑が来ます。
薄っぺらですから。
だから、僕は、まっとうなことが書かれているときは、
無邪気に書かれたものか、
一、二周ぐるぐる回った上で、まっとうな位置に立ち位置を定めたものかを、
読み込もうとします。
>あなたはそういう種ではないはずとおもえるwから書くんですがね。
ふふふw。濁ってないやつは、清らかでさえないな。

>おれにはまったく関係がない。
>思考は、そこから始まります。
って僕は、書いたのですけどね。
これは、実は、ぜんぜん間違っていて、
自分と世の中を、何回もぐるぐる回さなければならない。
同じように回している読み手なら、
回した形跡を読み取ってくれます。

遅くなりました。


なかなか返信ができず、すみません。置いてかれてしまいそうで気が気でなかったです。
でもこうして、三人で意見を交換できる機会はなかなかないのでうれしいです!玄さんと青梗菜さんのやりとりも新鮮です!

私は青梗菜さんの詩はアバンギャルドだと思いました。けれど、それは私の無知ゆえで、実はアルカイックの方が適切のようですね。詩には全然通じていないものですから、お恥ずかしい限りです。

>個人的なことがらを、分かりにくければ、分かりにくいままで書けば詩になる
青梗菜さんは大胆ですよね~本心のほどはわかりませんが、またそうやって疑わせたり、あえて詮索させたりさせているのかもしれませんね。おもしろいです。
青梗菜さんを参考にしてつらつら詩を書いてみようかしら。

>自己の権利とその行使を、自己の義務のうちに数える
そうなんです、この義務というのが社会的に蔓延してまして、選挙に行かないやつは悪だということになっていますが、もちろんいいことだと思っているわけではありませんが、消極的ではなく積極的な無記名投票のような、そんな感じで何か主張が隠れているともいえないでしょうか?

>僕は、どの党がどんな法案を出したか、出そうとしているか、
それだけチェックします。
青梗菜さんのイメージではなかったのですが、しっかりと政治に、選挙の時だけでも向き合っている、やはり知識人という感じがします。

たしかに、青梗菜さん、なんとなく刺さりますね、痛いところを、なんとなくいやらしくついてくるんですよね~

遅くなりました。


私は自閉症気質なところがあるようでして、明確な理由なしにはどんな行動もすることが難しく、たとえ投票に行くということでさえ、自分自身に満足のいくような政治理念を示すことができなければ投票に行くことを自分に許すことができません。重苦しく考えてしまう側の人間ということだと思いますが、テキトーにやれということが私にはできないです。なので私が導き出した今後の選挙権の行使に関しては、政治に対する考え、歴史認識について玄さんを信頼していますから、玄さんの支持政党があるのでしたら、その政党を支持しようと思います。これもまた玄さんに叱られそうですが、なかなか政治理念を自分で持つことができない―理想的社会がそもそも私には判然としません―ので選挙前になったら玄さんのところに意見を請いにうかがわせてください。投票しないでいいなんて、これぽっちも思っていないですよ。精神的な変質ゆえです。

>神経病が激越型になるとなにをやってるかもよくわからなくなる。
めんどくさいけど治療してやらなきゃあとで自分たちがこまるんです
これ、実際のところ玄さんが私にしてくださってることでもあると思います。めんどくさいでしょうけど、いつも忠告(治療)してくださってありがとうございます。必ず行使します約束します。せめて、受からなさそうな候補者か、頼まれたから公明党、共産主義を理想として共産党、など自分なりに理由を明確にさせることにします。毎度、投票ではもやもやしてたのでこれで、少しすっきりしたので、今回投票に行かなくて悪いことばかりではなかったようです。

まとめて返信します、すみません


若い人の投票率が低いのは、たしかに青梗菜さんがおっしゃるように、”集団行動を冷ややかに見ることで、
自分が浮かび上がった気分になれる”ということもないことはないでしょうが、私は、それほど思い上がった、うぬぼれの強い若者はなかなかいるものではないと思います。どちらかと言えば、今の若者は自信がなくて、”選挙のことはよくわからないからよくわかっている人に任せたほうがよさそうだ”というような謙虚な?要は考えることができない、意見を持つこともできない、身勝手なバカなんだと思います。(私も含め)

私はファシズムで痛い目を見ている人類がまたファシズムに向かうことがどうしてもありえないように思うのですが、すでにファシズムだということでしょうが、だとしたら、感覚として主にナチズムのような過激なファシズム以外はファシズムではないように思えています。これはすでに危険ですね?では一体どこからがファシズムでしょうか?自民党が多数の議席を有しているからということになりますか?

一気呵成に書いています。


青梗菜さんと話していると、自分がすごく馬鹿になった気がしてします。

>これは、実は、ぜんぜん間違っていて、
自分と世の中を、何回もぐるぐる回さなければならない。
同じように回している読み手なら、
回した形跡を読み取ってくれます。
こういったことが私にはイマイチ理解ができず、思考停止してしまいます、ここは玄さん頼みです。正直、玄さんも高度なことをおっしゃって、信念があるからでしょうが、実際に話しているわけではないので、細かなニュアンスなどの取りこぼしがあるせいもあって、どのように捉えたらいいのか?な時があります。なので多少の意味の取り違えは双方様堪忍してくださいね。

まっとうなことをいっての冷笑や侮蔑は正直、屁でもないですよね。やはりまっとうな信念に基づき、道理にかなった主張は最強です。ただ、つまらないってことくらいかもしれません。おもしろさを求めるのが人間のようです。

Re: とくにファシズムのハナシに特化せず書きますがね

>政治家というのは,つねに「次の世代」や「弱者」にツケをおしつける算段をしている,これは古今東西どこの世界でも同じです。
となると政治は必要でない、理想は無政府ということでしょうか?そのために今私たちができることは何でしょう?無政府共産主義ということになりますか?今の政治形態で共産党が存在する意味も私はずっと気になっています。公明党ももちろんですが、投票ほど難しいものはないくらいに思ってます、不可解過ぎて!次回からはがんばって投票します。

No title

世の中のことのようすを指摘することはだれにでもできる,
その指摘は誰にでもみているものがあるから,その指摘を違うと,かんがえることは誰にでもできます。

モノゴトは相対で絶対的なもんは何もないから。

問題は,それを話題にするかどうかですよ

様子をいってみせることの面白さやとんちは有りますが,それは意見ではないですよね。あくまで個人の分析ですから・・・・
意見というのは表明とイコールです。表明して初めて意見となることができる。

ところがその意見を言うことジタイをほとんどの人は冷笑します。中身の稚拙さを冷笑するのではなく,とにかく意見を言う人のことを嘲笑する,揶揄する,

これには揶揄で返すしかないでしょう?揶揄返しをするモチベーションはわたしのばあい怒りの割合は多い
しかしそれをするだけです,といっただけで,今度はそれを揶揄する。まあまあ,オトナになりましょうよ,と

次にはわたしの場合もうモチベーションは無くなります。

すると今度は,そこで黙っちゃうんですか?とバカにされる。

揶揄というのは確かに力がある,人の姿勢を馬鹿にすることで相手を黙らせることができますからね。それは意見を言わせないことに最も資する力です,

冷笑されても気の利いた冷笑はまずありません。ユーモアというのはそこからうまれるものではないですからね

興奮してるように見えるのは相手に分かりやすいように書こうと言う表現です。わたし自身この程度は興奮のうちに入らないwww

どの程度を威勢がいいとかんじるかどうかは,その人の普段置かれていると環境によります。

わたし自身はそう思いませんでしたが。

しかしながら言葉の威勢や投げかけ方の工夫というのは
いわば・・・・・サービス精神です。
その表現したサービス精神によって,あらわされた感情に対する相手のリアクションから,そもそも相手の言葉の意図はなんだったのかよくわかることがあります。

そしてね,一番わかりやすいのは冷笑する人は必ず「へ?冷笑されてるんですか?」ととぼけてみせる。これはわたしの経験則ですがw

青梗菜さん

わたし自身自明のことは,だれにとっても自明だとは思いませんが,

わたし自身はファシズムくらい気づけよ,と指摘したいのではなく,みなうすうすきづいているでしょ,とダメ押ししてるつもりなんですがね。

ファシズムくらい気づけよと,いきなり電車の中でわめいたらみなぢりぢり後ずさります。
がまあ,とにかく説明を丁寧にしてファシズムがあるね,と指摘して,それをどう思うか?とやったらどうでしょうかね?
たぶんこれも後ずさりでしょうネ。でもネット空間では答えてくれる人がいる。このことジタイがわたしにとっては「「文明」ですね

ただこの「文明」の中では,文明ですからw

まあまあ,コドモぢゃないんだから,と,たしなめられる,どうしてそんなに怒るんです?という冷ややかな視線は,世の中の空気を反映するものです。

わたし自身は不特定の大衆をバカだとは思いませんが,いままでそういって信じてくれる人は一人もいませんがねww

バカと判断するのはある状況のある限定において,そうおもえれば,その時はそう・・・・です,この場合バカだな,と思うわけです

絶対的にバカといのはありえませんよ

梗の本義というのは,棘,の形状,かつ硬い,という個性です。
つまり凹凸の突起,でっぱりですが,

絶対的な棘の属性ではなく,棘,ささる,かどうかは,対象關係にあるものの形状や属性に作用されるわけです。

つまり相手が平面の形状ならへこませるが,もともとへこんでるところに出っ張りを押し付けてもそれ以上はへこまない。同じ高さを持ったでっぱりがむかいあってもこう着するだけです。のこぎり同士の歯がかみ合ったらその部分はただのハガネでしかない

或いは環境に左右される。
水の流れる管の内側に生じた棘ならふさぎます。
「梗塞」,という意味の言葉です。
しかしながらでっぱりが柔らかい属性であれば,水ならするっととおってしまいます。流れるものが何かによっても違う,

でっぱりというだけの 形状では何も意味しません。そこに
硬いかどうかを表すヒントがあれば,より限定的に意味や価値観が加わる。たとえば,木,や,石や,骨という部首がついたなら・・・・・ということです。

Hajimeさん
漢字ひとつひとつみているだけで,表していることはたくさんある。

これは,しかし知識でしょうか?考えることを知っていれば誰でもわかることです。それを本や辞書によって裏づけ,ある種の権威づけができるのが知識というもので,その権威づけという意味で,生身の人間をたよってはいけませんよww

コイツが考えることぐらいおれにもわかる,という態度でいきましょう

考えることの深みはね,知識ではありません,知性,ということになりましょうか。

揶揄や冷笑では考えは停止させませんが,会話は停止させますね

No title

>私は青梗菜さんの詩はアバンギャルドだと思いました。けれど、それは私の無知ゆえで、実はアルカイックの方が適切のようですね。詩には全然通じていないものですから、お恥ずかしい限りです。
いいえっ、簡単に引っ込めてはいけませんっ!
hajimeさんがアバンギャルドだと言うのなら、
それを正解にするために、僕はアバンギャルドに寄せて行ってもいいくらいですっw。

>詩には全然通じていないものですから、お恥ずかしい限りです。
いえいえ、僕も詩はまったく読まないですよ~。
朔太郎と中也しか知らない。
自分の詩がいちばんおもしろいに決まってますからw。

>青梗菜さんを参考にしてつらつら詩を書いてみようかしら。
はい、ぜひともっ。
男のくせに、めそめそと詩なんか書きくさって、みたいなやつをお願いします!w

>青梗菜さんと話していると、自分がすごく馬鹿になった気がしてします。
とんでもないです。
分からないことは、自信を持って分からなくていいですw。
おれにはまったく関係がない、の直後には、
おれにも関係ありますやん、が待ってるし、
そう言い切らなければならない、ってことがすでに、
関係から離れられないし、
関係がない、の前提として、どうしても関係があることになるし、
関係じたいを気にしてるし、気になるし、
ところで、関係って何だったっけ、になるし、
もう関係なんか関係なくなりたくなるし、
関係だけでもぐるぐる回ります。
その程度の意味ですから。

>様子をいってみせることの面白さやとんちは有りますが,それは意見ではないですよね。>あくまで個人の分析ですから・・・・
>意見というのは表明とイコールです。表明して初めて意見となることができる。
なるほど~、
僕はたぶん、意見を書かないから、嘲笑も揶揄も回避しているわけです。
僕が書いていることは、僕は世の中をこんなふうに見て、
僕は世の中をこんなふうに理解して、
だから、僕は世の中をこんなふうに生きている、
その程度の告白ですもの。

>そしてね,一番わかりやすいのは冷笑する人は必ず「へ?冷笑されてるんですか?」ととぼけてみせる。これはわたしの経験則ですがw
う~ん、そうなのですか~。
冷笑の実感がわかないのですよ~。

>ところがその意見を言うことジタイをほとんどの人は冷笑します。中身の稚拙さを冷笑するのではなく,とにかく意見を言う人のことを嘲笑する,揶揄する,
冷笑、というか、冷笑的態度じたいが、
僕は分かっていない気がしてきました。
意見を言うことを冷笑していては、
コメント欄なんて成り立たないと思いますが、
あ、そうか、コメント欄なんて意見でもなんでもないのか。
そうなると、意見でさえ、僕は分かっていないのかもしれない。
あ、でもそこまで後退するのは違う。

梗の本義、なんてことは、頭の片隅にもありませんでした。
知性を欠く、ってことになりそうですが、
欠いているものは仕方がないですw。
思いつかないものは、思いつかないですよ~。

「持ち出す」は個性ですが

>梗の本義、なんてことは、頭の片隅にもありませんでした。

ふつうかんがえませんよっそんなこと
わたしだって青梗菜さんにかこつけて気の利いたことのひとつもいってやろう,とおもうから考えたんです。
この「考える」という動作を説明しただけです。

考えることができれば,それジタイ知性ではないですか?
たまたま漢字はわたしの「知識」の範疇なので,なんとなく恰好がつく,「わざわざ持ち出した」のもわたしです。

「知識」ってただのハッタリではないですか?

「考える」ことのようが,よりだいじなことで,「知識がないから考えられない,考えない」,では本末転倒というものではないですか?といっただけです。

普段ぐるぐる回して考えてる人は知性そのものでないですか?ついでだから人の頭も回してやろうか,というのは・・・・・
個性でしょうねw

玄さんへ


玄さんは試合巧者ですね。議論した相手は苦戦を強いられるに違いありません。相手の退路を断ちつつ、進路には効果的な手を打っておく…。議論に慣れていらっしゃるのですね、私とは比べ物にならないほどの経験をお持ちのようです。しかし、議論は大切ですね、という結論を導き出すことは難しそうです。徹底した議論、真底の議論は平行線あるいは不毛であったりするからです。

>とにかく意見を言う人のことを嘲笑する,揶揄する
いつの日からか私は意見を言うことに消極的になりました、それはやはり嘲笑や揶揄、何より誤解や反発が恐ろしいとか嫌というより面倒になってきたからです。けれど意見を言うことで考えは深まりますし、より発展した何かを得られるますよね。

>権威づけという意味で,生身の人間をたよってはいけませんよ
これは私が平生、頭を痛めている問題なんです!玄さんって厳しい。自力でやれ。自分で考えろ。ということですね。

>コイツが考えることぐらいおれにもわかる
とはいっても、やはり圧倒的な才能や知性に会すると己の未熟さを感じずにはいられません。当たり前ですね、それくらいの意気込みでもって文学に取り組めればいいですよね!

>会話は(思考を)停止させます
逆説ですね。会話することで思考が発展するようにも思うのですが、会話の内容にもよるのでしょうか、それともやはり思考というものは自問自答で初めて生成されるものでしょうか?

青梗菜さんへ

付和雷同はよくないですよね。
結局、アバンギャルドという表現が薄っぺらで、でもなんとか青梗菜さんの詩が私に与えた”感じ”を表現したかったのです。新しいものを、新しくない、と言われたらこれは引っ込めるしかない場合がほとんどのような気がします。自分は新しいものを知らなった!ということでしょうから。最も、アバンギャルドを単純に”新しい”とするのは誤りとも思えます。アバンギャルドなんていう言葉は大体、使い道のない言葉で、便宜で使うべきかもしれません。

詩を書かれる方で詩を読まないという方結構いらっしゃるようですね。既成の土壌がない方が自由な表現がしやすいのかもしれませんね。私は文学が好きなので、人並み以上には読むと思うのですが、そのせいか、文体が無秩序なめちゃめちゃなものだったりします。

理解したいというところからはじまって、理解できたかもしれない、と思えるのがおもしろさだと思いますから、あまりに理解の範疇を超えているような作品には興味が持てないというのも事実です。詩は特にその読者との距離感が難しそうですね。
プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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