目標がなければ努力のしようがない


私はそんなあやふやな態度で世の中へ出てとうとう教師になったというより教師にされてしまったのです。幸に語学の方は怪しいにせよ、どうかこうかお茶を濁して行かれるから、その日その日はまあ無事に済んでいましたが、腹の中は常に空虚でした。空虚ならいっそ思い切りが好かったかも知れませんが、何だか不愉快な煮え切らない漠然たるものが、至る所に潜んでいるようで堪らないのです。しかも一方では自分の職業としている教師というものに少しの興味も有ち得ないのです。教育者であるという素因の私に欠乏している事は始めから知っていましたが、ただ教場で英語を教える事が既に面倒なのだから仕方がありません。私は始終中腰で隙があったら、自分の本領へ飛び移ろう飛び移ろうとのみ思っていたのですが、さてその本領というのがあるようで、無いようで、どこを向いても、思い切ってやっと飛び移れないのです。   『私の個人主義』 夏目漱石の講演より


働かないで済むのなら、働かないで済ませたい。そんな思いが私の心のどこかにあったのでしょう、とうとう私は25歳になるまで社会というものを知らず、他人に頭一つ下げることもなかったのです。しかし、そんな毎日を過ごしていても未来は一向に明るく輝いては来なかったのです。太陽がいいほど高くなったくらいに寝床を出る。するとどこからか発動機の音や工夫の掛け声が聞こえてくる。世界というか経済という社会に取り残されている心持がして、また生きるための健闘から逃げているような気がしてのうのうとしているのも間違っているように思えました。友人の一人は主任という肩書を手にし、出世の一途をたどっているというのに、30歳になるまでにキャリアは皆無で、まともに働いたことすらないとなると、一般市民としてやり直しがきかなくなってしまうという厳然たる事実も私は意識し始めました。しかし、時すでに遅く、私に残されていた職業というのは出世の見込みのない、その上、来年、その次と保証のない仕事でした。そのような社内では重要度の低い、あってもなくてもいいような、不注意から拵えてしまった、まあ厄介な仕事ですから、大した責任を担うこともなく、気をもむ必要もないので、その日その日は済んでいきます。ではこれが、生涯続けられる仕事か、人生を捧げるに値する仕事か、と自分自身に問うてみると、なんの意気込みも湧き上がって来ないのでした。

毎日、定められた勤務時間内で与えられた仕事を片付ければ、それでお給料は頂けたので、必要最低限の注意と活力を仕事に注ぎ、仕事の間隙を思索と読書に費やしていました。仕事を終えると身心を整えることに努めました。チャンスが与えられたとき、それをしっかりと掴めるだけの準備はしておこうと思っていたのです、運命の神様は後頭部が禿げているといいますし、けれど、そのチャンスとはいったいどんな種類のものかということに関して見当は全くついていませんでした。ですから、努力をしようにも、何をしたらいいかわからないといった具合で、チャンスらしいチャンスもなく―私自身がそのチャンスの何たるかを了解していないのですから当然です―、時間だけが過ぎていきました。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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