富士山に近づいて見えるもの

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この写真だけを見て、ここが「青木ヶ原樹海」だとわかる人はおそらくいまい。地表を這うように根を張っている樹木の様子から溶岩地帯であるとの判断は可能であるとしても、その固有名詞を断定することは不可能であろう。私たちがいかにつくられたイメージによってある対象物を認識しているか。「青木ヶ原樹海」として見るだけで不穏を感じ、その背後に物語を想像し勝手に背景を描き出す。ではただの深い森の中と片付ければいいのか?これも正しくない。この森は私たちを排他している。人間存在ではなく、人間的概念を無効にする。溶岩が流れ、弱い木々はなぎ倒され、石や岩は無秩序に散在し、日の当たるところには否応なく苔がまとわりついていて、地球を力強くつかむことを許されない樹木は弱弱しい幹でその生を保っている。これこそ「生(なま)の現実」だと思った。水が下に流れる意味だと思った。

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「富岳風穴」というものがあって、富士山の懐へ降りていく。私たちは自然の模倣をし、自然現象を利用しているに過ぎない。21世紀の現代、ある意味自然現象を超えようとしている世代といえよう。万能細胞や原子力エネルギーは自然に存在しなかった。自然は敢えてこれらの能力を発揮しなかったのではないかと思う。自然は絶妙なバランスを取ることで成り立っているため、汎用性や不確定性に富んだ現象、あるいは高いエネルギーを含む現象は生じないのである。

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なぜ私は人間がつくる氷ではなく、自然がつくる氷に価値や驚きを感じるのであろうか。自然をみくびっているのか、人間をかいかぶっているのか。人間がつくる氷は単なるエネルギーの変換だ。自然の氷は?自然の摂理の表れである。私たちはいつまでたってもエネルギーの変換に勤しまなければならないのか。

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No title

僕たちは、美しい自然を、自然と呼ぶもんな~。
美しいと思う自然だけを美しいというのなら、
言葉の無意味な繰り返しに過ぎず、
自然は、美しいとは無関係になります。
価値や驚きを感じる自然でないと、
自然は看過されてしまう。

それにしても、人くらいなものではないかなぁ、
自己の努力と所産を、自然だと思っていないのは。
自然の対義語は人工らしいけど、
自然科学の成立する場所を自然とするなら、
給湯器も、冷蔵庫も自然だし、
電子レンジなんて、あんなのが自然の摂理なら、
奇跡だと思う!

青梗菜さんへ

コメントありがとうございました。

青梗菜さんにかかると物象が複雑になりすぎます。
私は印象の外枠だけをあとからなぞるような曖昧な表現で満足してしまっています。

青梗菜さんは詩人でありながら理論家でもありますね。

No title

いやいや、おっさんになると、
音楽を聴かずに、ノイズばかりを聴いてしまいますw。
ノイズの解析は、おっさんになってからすればよくて、
まずは、音楽を聴かなきゃです。

>青梗菜さんにかかると物象が複雑になりすぎます。
これ、ほんとうに、そのとおりw。
でも、自然、って引っ掛かるのですよ~。
河川敷に背の低い観賞用のコスモスが植えられていたりすると、
人の手が加わっていない花がどれだけあるのか、なんて不安になってきます。
たいして美しくない花は、どこで咲けばいいのかなぁ。
逆に、ありふれた街路樹のイチョウが絶滅危惧種だったりすると、
よく分からなくなってきます。

きっと僕は、たいして美しくない花の近縁種で、
僕自身がノイズのようなもので、
だから周波数が合ってしまうのでしょう♪
結論、hajimeさんは、
こんなおっさんになってはいけません!

青梗菜さんへ

コメントありがとうございました。返事遅くなり申し訳ありません。

なんだかこのコメントは青梗菜さんのことをよく表しているようです。
「青梗菜さんってこんな人なんだ!」ってなんか少しわかったような気がします。
距離が縮まったというのでしょうか、理解が深まりました。

”おっさんになると、音楽を聴かずに、ノイズばかりを聴いてしまいます”
ノイズと言ってしまうと聞こえが悪いですが、本質に影響を与える直接的ではない細部にまで視野が広がるということですね。

”河川敷に背の低い観賞用のコスモスが植えられていたりすると、人の手が加わっていない花がどれだけあるのか、なんて不安になってきます。 たいして美しくない花は、どこで咲けばいいのかなぁ。逆に、ありふれた街路樹のイチョウが絶滅危惧種だったりすると、よく分からなくなってきます。”
こういう意見を耳にすると、「ああ自分はすでに何か意図があってつくられた虚像に毒されている」と思います。
大事なものは目には見えないと思っていながら、目に見えているものに大事な価値を与えてしまっている自分に気づくことがよくあります。

”たいして美しくない花の近縁種”
既存の美しいという価値に対して無関心でむしろその価値に疑問を投げかける特異な存在ということになるかと思います。
そんなおっさんは憧れであります!しかし若さゆえ、美しさに惹かれてしまうこともお許しください!

No title

へへへw、そんなにたいしたものではなくて、
ただの天邪鬼ですよ~w。

僕の美しいという価値は、僕の価値ではなく、
きっとほとんどすべてが、他人に教わった価値です。
僕は、何が美しいかについて、自信が持てない欠陥人間だとしても、
付和雷同の虚偽よりはましなのかもしれません。
少なくとも、僕にとっては。

正気の瞬間には、ひとは事実だけを、
ありのままの状況だけを直視するものだ。
義務感からではなく、言わずにはいられないことを言うべきである。
それがなんであれ、真理は虚偽よりもましである。
――『森の生活』

お返事は結構。
また来ますねっ!

青梗菜さんへ

小気味の良さが青梗菜さんは秀逸ですね!
どんな集団にあっても敵をつくらなさそうです。世渡り上手というのではないけれど、充実した日常をつくりだしていることでしょうね。

青梗菜さんのコメントは胸に刺さって、何かしら強い印象とメッセージを私に残してくれます。
それがまた絶妙なタイミングなんですよね、ありがとうございます。
プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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