私はなぜ既存の宗教と信仰を恐れているのか 闇の中を歩んできた私

よき若者よ、まじめで、真実であれ。しかし、傲慢な心をもつな。無知でいられるようになるがいい。そうすればあなたが、あなた自身もほかの人もだますようなことはしまい。かりにあなたが、才能を磨いて、人々にむかって語りかける地位に身をおくことになるとしても、かならずいつもあなたの良心に従って語り、人々が喝采するかどうかというようなことに心をわずらわしてはならない。学識を誤ってもちいると不信仰を生みだす。学者というものは一般人の考えかたを軽蔑する。それぞれ独自の考えをもとうとする。盲目的な信心は狂信に導くが、傲慢な哲学は反宗教に導く。こういう極端をさけることだ。真理への道、あるいはあなたの心を素直にして考えるときそう思われる道に、いつも踏みとどまるがいい。虚栄心や弱さのためにそこから遠ざかるようなことがあってはなるまい。哲学者たちのところでは大胆に神をみとめ、不寛容な人々にむかっては大胆に人間愛を説くのだ。
おそらくあなたの味方になる者は一人もいまい。しかしあなたは、人々の証言をもとめなくてもすむようにしてくれる証言をあなた自身のうちにもつことになる。人々があなたを愛してくれようと憎もうと、あなたの書いたものを読もうと軽蔑しようと、それはどうでもいいことだ。ほんとうのことを言い、よいことをするのだ。人間にとってたいせつなことはこの地上における自分の義務をはたすことだ。そして、人は自分を忘れているときにこそ、自分のために働いているのだ。わが子よ、個々の利害はわたしたちをだます。正しい人の希望だけがだますようなことをしない。   『エミール』 ルソー著より


西洋文学に触れることが私は多い。特に私はフランス文学が好きなようである。ロシア文学を好んだ時期もあったし、ドイツ文学に魅了された時期もあった、けれどフランス文学が最も芸術的で人間的であるような気がして一番親しめるようだ。ところで、西洋文学は聖書から生まれたといっていいほど、キリスト教徒と切り離して考えることは出来ないのではないだろうか。ニーチェが「神は死んだ」と言ったように、人間の信仰の在り方を説いてきたのが西洋文学であると私は考えている。自然の摂理に忠実であること、数学・科学こそ絶対である、これらも歴とした信仰である。

一方、私たちは東洋思想と分類される仏教を信仰するのが一般である。その辺を歩いている日本人に「何か宗教を信仰していますか?」と尋ねると「あまりしていません」とか「一応仏教ですが、よくわかりません」という答えが多く返ってくるであろう。おそらくこの事実に西洋人は驚きを隠せないに違いない。信仰がないという意味がおそらく解らないであろう。キリスト教が多くの人に信仰されているのは、信仰の意味、生きることは信仰することに他ならないことを説いているからではないだろうか。「生きることは信仰することである」、このことに反論することは果たしてできるのであろうか?私の進むべき道は三つある。既存の特定の宗教を徹底的に信仰すること、自分のなかで教理を導き出し、新たな宗教を自分のうちに打ち立て、それを信仰すること、最後は、信仰しないで生きるということである。

私は正直に言って、第一の既存の特定の宗教に従い、それを貫き通すことは全くできていない、そのつもりもまったくない。なぜなら、ある宗教の経典を読み込んだ経験すらないからだ。そんな私がある宗教を徹底的に信仰しているとはありえないことだ。つまり私はなんとなく生きているだけだ。自分の信じたいものを信じ、(人は殺してはいけないとか「良心に従う」という具体性を持たないあやふやな概念を信頼し、もっとも「自然の摂理に従え」が私にとっての宗教なのかもしれない)習慣と常識の惰性で行動しているのだ。私たちは行動一つとるにしても信仰がなければ行えないということに気付いているだろうか?仮に信仰がなくても行動が行えるとしたら、なぜ私は朝起きるのであろうか?快楽を得ることこそが人間の義務と信じるから、人間としてあるべき姿だから、朝は起きるものだから、理由を考えたとき、そこにどうしたって信仰が生まれる。起きるから起きる、それこそ危険だ。だが、人間はそのくらいの危険を誰もがはらんでいる。殺したから殺した。つまりそれが通用するわけであり、ここに宗教がはたしてきた重要な役割がある。しかし、私にはキリスト教にも仏教にも、あらゆる宗教に満足できないという実感がある。理想主義といったらそれまでだが、この世界に完璧なものなど存在するのだろうか?ということなのである。どれもベターだし、またこの宗教よりもこっちの宗教の方が優れている、といったことはあるだろうが、ベストというものがあるはずがない。あったらおかしくはないか?それこそ世界はその瞬間、完成するのではないだろうか。現実は多くの宗教が存在し、ベストであるものが存在していないことを示している。ベストな宗教は宗教対立起こり得ないほど完璧であるはずだ。ありえないベストな宗教を私は求めているのか?それとも既存の宗教を信仰するほど人間の営みに本気ではないのだろうか?おそらく後者であろう。私はなぜ宗教と信仰を恐れているのか?不完全なものを恐れ、一層不完全なものであろうとしているのか?不完全なものを信仰するとしたら私は何を選べばいいのか?キリスト教?何故に?仏教?何故に?

私は人生の導き手を伴わずにこの人生行路を歩んでいることにいまさらになって気付いたのであった…

私は何を信じ、何のために、なぜ生きて行くのか?

コメントの投稿

非公開コメント

こんばんは☆

ニューグランドの記事は
新鮮な感動を戴きました。
公私ともに利用しない週はないほど
身近にあります故
清涼な風に吹かれた思いでおります。

思い悩み苦悩するあなたの記事に接するに付け
何かコメントを
といつも思うのですが
私はお姉さんの立場にあるので
何を書いても上からな感になってしまうのが辛くて
・・・。
頼りなくてすみません。
今日の“エストリルのクリスマスローズ”はあなたへ捧げます。

断定を恐れるのではありません。
断定的に語ることは
視野狭窄を誘うから
それが
恐いのです。

時間の許す限り
価値あると信じる場所に足を運び
出来る限り偏りなく書を読み込んで
恩師に學び
仲間と語り合い
日々考え抜いてきた結果が
未だにこの浅薄さです。

苦しんでいるのは
あなただけではありません。

因みに
先日の“恋愛は茶番”というあれ
痛いほどわかります(笑
同感です。
二元性なくば時間の問題です。






紗希さんへ

こんばんは。
コメントありがとうございました。

ニューグランドの記事、読んでくださってありがとうございました。
私のイメージではニューグランドを中心とした横浜のあのエリアがsakiさんとリンクしています。
背伸びをしたのは否めませんが、横浜が一層深く感じられたような気がしました。

いつも気にかけてくださって本当にありがとうございます。ブログを始めた当初から―何度も言うようですが、支えられています。

>瑕疵のない思想など存在し得ない
その通りですね。けれど、私のもつ中庸はなんて頼りないものでしょう。ただ、それこそが生きるということ、それはなんだか実感として解るような気がします。

>特定の視点、画一的概念に捉われずして、真理を見極めるべくバランス感覚が求められる
特定の視点、画一的概念にすがることは、かえって楽です、しかし真理からは遠ざかってしまうのですね。真に生きること、このことがどれほど難しく過酷なことでしょう、これからの人生を考えると負けてしまいそうになります。不可解さと絶望に襲われます、未来に果たして希望が本当にあるのか、でも希望を以て強く生きて行かなければ、と思います。

>時間の許す限り価値あると信じる場所に足を運び出来る限り偏りなく書を読み込んで恩師に學び仲間と語り合い日々考え抜いてきた
このように確言できることはどれだけ尊いことでしょう。この点が私がsakiさんを一番尊敬するところです。だから言葉にも深みと説得力があります。年長者の言葉は年長者の言葉として上からというのではなく、経験に基づく重みがありますから普段染み入らない心底に届きます。

古今東西の思想、文化、人々に通っていらしてご自身としては人格完成は近いという感じがしますでしょうか?それともまだまだだと思うでしょうか?それはどんなときに思いますか?
露骨な物言いですみません、もしこたえられるのでしたら、できる範囲で結構ですので…

同感していただけますか、ありがとうございます。ちょっと意外な感じもしました。sakiさんは恋愛に篤いのではないかと思い、またああした記事は一般的にはあまり好感をもたれないでしょう。どうしても私には恋愛や結婚に対する違和感があり、それを自分のなかで消化し、納得させる必要があるのです。
二元性なくば時間の問題の解釈を少しお聞きしたいです。

すいません、長くなり、色々盛り込みすぎました。お返事は下さらなくても結構ですので…

いつかニューグランドで☆

そうですね。
強くなりましょうね。お互いに。

私は単純な人間で
結えあなたのように難しく考えることができません。
自分に見合った目標を立てて、
ただ、ただ今を大切にするだけです。
勿論、趣味などに費やす時間、人生を愉しむことも忘れていません。
時に遊びすぎなだめだめな私です(笑
それも含め
日々できる限りのことをして生きてゆく
その積み重ねが
悪い人生になる筈がない
今を生きずしていつを生きるの?
というスタンスです。
なんの参考にもなりませんね(涙
すみません。

>それともまだまだだと思うでしょうか?

もちろんまだまだです。
(”それでもこの浅薄さです”と先に記しました通りです)

>それはどんなときに思いますか?

仕事で行き詰まった時ですとか
辛い時、逆境の時に強く感じます。

>どうしても私には恋愛や結婚に対する違和感があり、それを自分のなかで消化し、納得させる必要があるのです。

数行で書き込めることでもなく
苦しいのですが敢えて

結婚生活とは紆余曲折あって当然で
そうした時に自分自身を納得させるためには
恋愛から結婚(穏やかな愛)に移行するのが後悔は少なくて済むかなって。
(少なくとも、茶番と感じる時点でその恋愛は既に恋愛とは呼べないと思います。)

そして結婚とは、人生の同志を得ることかと。

>二元性なくば時間の問題の解釈を少しお聞きしたいです。

あなたは既に京大教授であられた九鬼氏の”いきの構造”
を読まれていらしゃるようですので
あの概念そのままの意味です。
時間とともに消滅する(人間は飽きる動物です故)と申しますか
説明は不要ですね(笑

葉隠に影響を受けての彼の考察も好きでした・・・。

紗希さんへ


丁寧なお返事ありがとうございました。

積み重なる高尚なブログ記事によって神格化されつつあった紗希さんに実に人間味あふれる一面を発見した気がいたしました。
私には当然まったく浅薄に見えません(程度の問題でそうおっしゃるのでしょう)し、仕事で息詰まることがあるなんて想像できませんでした。”仕事”ということすら違和感を覚えるくらいに、超然と映りました。
確かに、”今を最大限美しく生きる”そんな姿勢が「エストリルのクリスマスローズ」からは伝わってきます。

私の悩みが引き起こされる原因一つは、愛の不感症とうことにあるのかもしれません。恋愛を作り出し、演じなければ、恋愛と呼ばれるものに近づけることができない、愛は生きる意味と言われるものですから、その泉が枯渇、あるいは存在しないとなれば、苦悩に陥らざるを得ないんです。

>恋愛から結婚(穏やかな愛)に移行するのが後悔は少なくて済む
すごく優しい考え方でうっとりしてしまいました。何かを選択することは必ず心の持ちようで後悔を生んでしまうものですから、少なくて済むというのは大事ですよね。

私も人生の同志を得るということは望みますが、それを決めるということが難しく感じられます。運命とかいくらか受け身の気持ちが必要なのかなと考えたりもします。

二元性についてはまさに”いきの構造”のことが浮かびましたが、このような共通概念を持てることはうれしいです。文学や名著の偉大さの一つではないでしょうか。”いきの構造”は読みました(紗希さんは私のことをほぼ一方的な文章による情報であるにもかかわらず理解してくださり、感動してしまいます。ありがとうございます。)が、言葉選びも慎重を極めている故、理解力と語彙力に不足のある私は、まだ十分な理解には達することができていない現状です。

「葉隠」に影響を受けての考察なんですね、「葉隠」は「養生訓」と「菜根譚」並んで私の中で読んでおきたい渋い名著なんですが、まだ手に取っていないので近いうちに読んでみようと思います。

いつかニューグランドで、そう考えるとニューグランドが一層ドラマチックな場所となります…

あるがままに

>その泉が枯渇、あるいは存在しないとなれば

少なくとも恋愛、それがすべてな筈もなく
決め付けるにはあまりに時期早尚
まだまだ先は長いですし
こればかりは自然体がいちばんなのかと。

ただ、想像力と申しますか
(それは知りたい欲求とも換言できますから)
1度成立(意思が及べば楽なんですけれど)してしまえば
場合によっては
(いきの構造が如く、ダンテの神曲など
陳腐な作り話なんかではなくて)
相手なんていない方が寧ろ育ったり(笑
今ここにないものをひたすら
思い続ける精神性自体が土壌みたいなところも
あるのかもしれませんね。
もちろん嗜好性的要素は必須です故
自身が求める魅力を放つ異性との
相応の出逢い(偶然性)も関係しましょうけれど。
(恋は愛とは似て非なるものでありましょうか。)










       
プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

無料メールマガジン
メルマガ購読・解除
 
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

twitter
月別アーカイブ
最新トラックバック
最新記事
最新コメント
リンク
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる