自然児Kさん 瀑布の歓声 白糸の滝


私はK氏をKさんと呼んでいる。彼は同齢の友人であるが、いつからか敬称を用いている。彼の先見の明と寛容と無私に私は尊敬の念を持たないではいられないのである。彼は自然児である。世間を逃れ、山に小屋を作り、そこで絵を描いて暮らしている。それがどうして、なかなか立派な住居なのである。絵を描くばかりでなく、家具の類を造る技術もあるので山小屋を作ることは造作ないことであった。彼は知人にその絵や家具などの木工品を売ってもらい最低限の金を得ている。無論独り身ではある。だが、その生活と彼の寛容と無私に魅了され、ほれ込む女性は多くいて、私もその何人かとは実際に食事を共にしたこともある。

彼は絵に行き詰まるとよく山を歩き回って感覚を浄化する。それでも満足させられないときには見慣れない川や、崖、洞窟などを求めて旅に出る。その旅に彼は私をよく誘った。私は相伴という格好になることが多かった。

「富士山の樹海へ行かないか。」、富士の樹海、青木ヶ原樹海というと俗に自殺の名所という印象であるが、Kさんにとっては神秘の森であり、生きた自然の姿に触れることのできる境であった。私は賛成した。」

彼は財布や小道具の類もすべて手製自作のものを使用していてその出来栄えは見事なものである。その最たるものは彼の愛車だ。原型は軽バンなのだが、車内はベッドと小卓、ガスコンロ、小型ストーブ、変圧器、オーディオ、ノートパソコンが備え付けられ居住スペースになっている。外装は海風の塩分で全面錆が目立ち、ガラスには枝による無数の傷が縦横に刻まれている。

富士樹海に向かう途中、Kさんは行く先の名所などの予備知識になど興味がないのでひたすら目的地へ進行する。

「ここいらで一休みさせてくれ。」

Kさんはそう呟いて、改造した後部座席へ退いてベッドに横になった。私はそこでしばらく携帯した徳富蘆花の『自然と人生』を読んだ。

「Kさん、少し道を逸れれば、「白糸の滝」というのがある。幅広のあるいは落差のある一本の滝ではなくて一つひとつは小規模な無数の滝が並んで、その名の通り、無数の絹糸が紡ぎ出されているように見え、壮観で美しいそうだ」。名所やエピソードなどの旅の知識は幾分持ち合わせている私はそう案内した。

「興味深いね。人工的なものはどうも好かないけれど、滝や洞穴なんかは奥深い自己の深層で感動を呼び起こすんだ」。そう言って、Kさんは鼻を二回こすった。

観光名所の一つとあって、駐車場や歩道がもうけられ売店も多くあった。Kさんは若干顔を曇らせるだけであった。

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確かに、神社の参道のように、滝壺まで舗装路が続くのは興ざめではあったが、滝壺まで下りて行けば、そこは瀑布の歓声に包まれる滝のホールのようであった。ステージには虹まで架かっていた。川の水はどこから来るのか?山の湧水が源流だ。湧水とは?水はこうして山から染み出してくるのである。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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