世界遺産をめぐる三人旅 (高野山)

世界遺産をめぐる三人旅。

今回で4度目になる。

メンバーは中学校の同級生、TとK。

どうして始まったかは覚えていないが、自然と毎年夏の恒例行事となった。

とにかく車で普段なかなかいけないところを気合を入れていくのが目的だった。

すると自然に世界遺産のような少し奥まった僻地のような場所へ行くことになる、そんな流れでこうなったような気がする。

さて今回は高野山に行くことになった。

これはほとんど僕の希望である。

高野山といえば、中学校で習った空海(弘法大師)が真言宗を金剛峰寺で開いたとして知られる。

知っているだけでは、なんにもならない。一度でも自分の目で見て、感じなければならない。

そういった思いだった。

着いてみると、想像以上に一帯が仏教の町という雰囲気だった。

僕はてっきり、金剛峰寺という大きなお寺があるだけだと思っていた。

実際は高野山と呼ばれる地域にたくさんのお寺があり、修行の場という雰囲気、まったく山上の別世界だった。

「金剛峰寺」・・・

言葉には限界があるし、それ以前に僕には適した表現をする力すらない。

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超えてきた時間がまったく違う、この世界は我々のものだ。といわんばかりの堂々たる構え。

横広に低重心かつ伸びやかな屋根の反り。

勇ましすぎた、圧倒された。

使われている木々もそれはすばらしいものだった。

もちろん高野山を散策したが、それをいちいち書いていたら膨大になるから省略する。

そして、奥の院に行った。

ここには空海が今も実際にいるとか、真の仏になっているとか、よく宗教観はわからないけど、とにかく厳かな場所でそこに行く途中の参道には豊臣秀吉や明智光秀などのお墓もあり見ごたえがあった。

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この橋を渡ると、そこは聖地である。

今までこれほどまでに荘厳な場所に足を踏み入れたことがなかった。

一言に宗教といって、僕たちは漠然とあいまいな少しさめた目で見てしまったりするのだが、人間の神秘である。

僕たちが打ち勝てないエネルギー、高尚さがある。

そういった経験ができたことは本当によかった。

力である。万物を超えた力である。力といってしまったが僕たちを大きく凌駕している何かである。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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