文明は上書きされるのか 百貨店はおもしろい 


東京にある日本橋は日本の道路が始まるところ。私は中部の人間であるから、日本橋といえば東海道の始点であるから昔からなじみの橋の一つである。

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”橋”は文明の象徴でもある。人類はその歩みの中で、様々な困難を克服し、不便を解消し、すなわち文明を発達させてきた。川は最も原始的な困難であったかもしれない。その克服が”橋”であり、それによって人々は川によって隔絶された交流を実現することができたのだ。人の交わるところに文化が生まれる。文明が人と人との距離を縮めるのならば、そこには必ず文化が生まれる。橋にはそれだけ物語が詰まっている。私は橋を眺めるとき、そこに描かれる人間模様を想像してみる。しかし、この日本橋はその人間模様を考えさせる暇なく、文明の歩みを宣言する。かつての文明である”橋”に空に浮かぶ道路網が覆いかぶさっているのである。石造りの二連アーチ、欄干には非常に凝った彫刻が施されている。とても威圧的な風格のある建造物である。それがトイレのタイルのような首都高の下敷きになっているのだから、なんとも切ない気持ちになる。

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こちら日本橋三越本店。中部では百貨店といえば松坂屋という人も少なくないと思うが、私にとっては三越である。なぜなら、母校である高校の近くに三越があり、よくそこで母に祝いのプレゼントを買ってもらったり、少し贅沢をして食材や衣料品など買い物したり、学校帰りに寄ったりした思い出があるからである。パンなども田舎では見たこともないような大きなフランスパンや総菜パン、実に手の込んだケーキと見まがうような菓子パンが売っていた。三越はこれから社会に向かって旅立とうとする少年にとって夢を売ってくれたのだった。化粧品フロアの上品な香り、夕飯時ともなると都会のマダムであふれる惣菜売り場。いつの日か、僕も百貨店で買い物がしたい…そんな風に思ったものだ。働くようになり、思い描いていたような余裕のある裕福な暮らしには程遠い生活をしているが、本当に必要で、生活を真に豊かにし得るものは百貨店で買うことに決めている。品揃え、サービス、満足感、どれをとっても百貨店には特別な魅力がある。それを知る人は幸いなるかな!経済と労働、日本の在り方が見えてくる。百貨店で買い物をするとき、私は労働者として、経済を動かす一歯車として、お金の主人として毅然とした態度をとる。お金、商品、店員に敬意を払う。自分はまた一段、社会人としてステップアップしたような感じがする。だが、現代は百貨店にとって苦境の時代であるようだ。百貨店に足を運び、経済とは、労働とは、そして日本の立場とは、こうしたものを考えてみなければならない。私はこのとき、実際に複雑な感情にとらえられる。私は金を欲するのか、物質的豊かさを欲するのか?あるいはブランドや消費主体の経済を否定するのか?豊かさを百貨店と離して考えるのか?すなわち、経済社会は違う世界での出来事として認識するのか?その世界への気まぐれの旅とでもいうのだろうか?

百貨店は実におもしろい。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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