障害が私を変えた


病気は肉体の障害であって、意志の障害ではない、意志が自ら病気を呼びよせない限りは。ちんばは足の障害であって、意志の障害ではない。何事かがきみの身に起こるたびに、必ずそう言い聞かせよ。そうすれば、いかなる出来事もきみに障害を与えぬことが分かるであろう。   『幸福論』 ヒルティ著


病気と名の付く障害は、周囲を説得し、外見でわかる障害は相手から理解を得やすい。ましてや意志の障害は孤独を一層深める。解けることない誤解の壁が私を取り囲んでいる。その病名を手に入れるために奔走し、見えぬ障害の傷跡を恨んだこともあった。障害を負う前の感覚を取り戻そうとの努力もむなしく、彼は別人となってしまった。活気に満ちた彼は過去の自分であろうか。疑うことをせず、他者の理解力を信頼し、ただ無邪気にふるまったあの日々よ。ヒルティのように強くなかった私は、自分自身をもゆがめてしまい、意志は空虚なものとなり、若い男の気持ちはわからず、女はわかるためのすべもない。一気に歳をとり、「若い時に、若かった者は幸せである」との言葉の通り、私は若くはありながら疲れ切った表情をして、老人のような日々の喜びに浸っている。私の考えることは、考えていないのと同じで、誰かを理解する役にも立たず、何かの理解にも役に立たない。障害は私が私であることを意味し、もはやそれから逃れられるものではない。人生は一度きりで、障害のない人生を送ることは無理なのである。すなわち障害を克服、乗り越えるのではなく、障害を両手に抱えながら歩める人生を探求するより、私に生きる道はない。彼にできることが、私にはできない。それは私に比較することをやめさせた。私は何とも思わないが、彼はいろんなことを考えている。それは私に人の考えることを理解しようと努力し、推測することを教えた。私は不完全な人間であるがゆえに、自分と他者とを区別し、それぞれを尊重することを学び、奢らず、謙虚であろうとする。私にはできないことが多い。それだけで傲慢にならないですむのである。それだから多くを欲し、期待し、望まないのである。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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