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恋するゲーテを僕は見たくない 漠然たる確信、愛こそすべて


「ゲーテが好きか?」と聞かれたら、僕は何と答えるだろう。

『ゲーテとの対話』の中で人生観や芸術論を話すゲーテは大好きだ。そして偉大だとさえ感じる。しかし、僕はそれ以外の点ではゲーテに対して否定的だ。著作は『若きウェルテルの悩み』、『ファウスト』、新潮文庫のゲーテ詩集を読んだくらいで好きな作家というには読んでいる量が少ない。たしかに、『若きウェルテルの悩み』は3回、『ファウスト』、詩集は2回読んだので関心のある作家であることは確かだ。だが、僕はその中に書かれている社会や生きるということに対する彼のスタンスに触れるために読むのであって、彼の真骨頂である愛と恋、の場面に遭遇すると嫌気がさしてしまう。彼の愛と恋への詩情が僕は受け付けることができない!異常性を感じてしまうのだ。ゲーテは70歳くらいで18歳くらいの少女に恋をしたという。僕には考えられない、彼がもし理性の人であるとしたら、そんなことが起りうるだろうか?恋をしているゲーテを僕は見たくない。

彼は文豪であるばかりでなく、政治家でもあり、科学者でもあったと言われる。僕の勉強不足でもあるのだが、政治家としてあまり伝えられないので、彼が実際にはどういった政治家であったのかというのがわからない。ナポレオンやリンカーンなどは政治家としての発言や功績がよく伝えられているので、偉大だという印象を持っているが、ゲーテは彼らには全然及ばないのだろうという印象なのだ。それは社会的な意図によるものなのか、実際に世界史でみたら大きな功績を残しているわけではないからか正確なことは分らない。だが、僕にとってゲーテが政治家であったことは大きな意味を持たない。また、科学者としてのゲーテはその著書『色彩論』が知られているが、色彩に関して大きな功績を遺したことはもちろん認めるのだが、なんとなく理論に欠ける感じを受ける。科学者ではない、少なくとも数学的ではないのである。政治家と同様に僕にとってゲーテが科学者であったことは大きな意味を持たない。

「馬鹿につける薬はない」、こういうことを言ってのけるゲーテが僕は好きだ。「バカの壁」という本も僕が小学生くらいの時だったか、にはやって読んだが、当時すごく納得したことを覚えている。薬が効かない、壁を感じる、そういう相手が馬鹿ともいえる、なるほど。

「ゲーテとの対話」が好き。と答えるのがもっとも正解のような気がする。作者はエッカーマンだ。愛に満ちたゲーテ、虚無に基づく功利主義の僕、そりゃ相容れないのも無理はない。愛は理性的ではなく、愛は愛だから。しかし僕は漠然と、結局は愛なんだと確信している。しかし、僕はまだ到底その境地に達することはできなさそうだ。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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