馬鹿の反感 宝くじを買う者は阿呆である


何事においてもそうだが、一定期間、業界と呼ばれるようにある特定の世界の中で活動するとその内部構造というものが分ってくる。僕はこのブログ界において多少その構想が理解できたように思う。どうしたものは反応が得られ、どういうものが等閑に付され、黙殺されるのか。皮肉なものだ。真面目な仕事は取り合われず、好い加減な仕事が取り合われるのだ。そして、全く気のないものが人の気に入り、関心を集めるのだから。それでも、いろいろと試行錯誤しながら、挑戦し、手を変え、品を変え、すればまた違った世界が見えてくる。

商売は馬鹿を相手にすれば儲かる。これは真理だと思う。カラマーゾフの兄弟のヒョードルの言葉が思い出される。ものの価値の解らない馬鹿者に高く売りつければいいのである。それ以外の方法はおそらく、資本家であるより他ないだろう。だから儲けている人間を僕は信用しない。資本家はその運命がうらやましいかぎりだ。

多くの関心を集めるためにはどうすればいいのか?同じ事だ。馬鹿が思うことを、共感するようなことを示してやればいいわけだ。馬鹿は欲深く、意志が弱い人間とでもしておこう、だが僕にはそうしたこと、馬鹿が思うこと、共感するようなことを考え、思い、感じることができないので、ずっと彼らからは相手にされない。では相手にされるためには?馬鹿が思わないこと、反感を持つようなことを示せばいいわけである。これなら僕にもできそうである。これを示せるということはその反対を示せば、彼らが思うこと、共感することになるわけで、難しくないかもしれない。ただ、僕がそういうことを思うことを自分自身に許していないだけだ。なぜだ?僕自身を保ちたいからである。つまり、こんな反感を買うようなことを本当に思っているわけないだろう。という了解を期待しているわけだ。もし僕が、「みんなちがって、みんないい!」とか言い出したら、本当にそう思っていると思われてしまうだろう。他者も結局己の基準で判断するので、肯定的なことには肯定的に考えざるをえないだろう。

「宝くじを買う者は阿呆である」

僕は宝くじを絶対買わない。自分さえよければそれでいいと宣言しているようなものではないか。300円くらい払ってくじをするくらいなら、それを全部集めて寄付か何か、もっと有用なものに使えばいいものを、たまたま当選という、運の良かった数人で山分けするのである。さもしい限りだ。夢を買うだとか、買わなければ当たらないとか、ばかばかしい。たしかにがんばっても、努力しても、報われない、社会構造上、金持ちになどなれやしない。それゆえに、宝くじに需要があるのだろう。金持ちになる、成功するという幻想を捨てなければならない。目を覚まして、つましく生きるべきだ。

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Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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