なぜ安保反対ではないのか (安保法案反対ではなく)

一連の安保法案反対運動に僕は正直違和感を抱いている。

大前提として僕は歴史学者でもなければ、憲法学者でもなく、一国民としての標準的な知識しか有していない。この立場で発言するため、たくさんの誤解と間違いを含んでいるに違いないが、それでも道理に合った、あるいは人道的な主張となりうると思う。

安保法案、「集団的自衛権」を認めることに関して、僕は日米安全保障条約と日本とアメリカを取り巻く世界情勢を考えてみれば当然の流れと思える。今更、これほど強い反応を示すのは国民としてどうかと思っている。安保法案反対ではなく、安保反対の方が筋が通っている。なぜ今、安保反対ではなく、安保法案反対なのか。安保法案反対は少し虫がよすぎるのではないかと僕は思う。日本は完全に平和ボケだ。今までの徴兵なし、とりあえず戦争の心配なし、核兵器を持たない、暮らしはアメリカが条約によって守ってくれていたからにすぎない。それでアメリカにもメリットがあった。しかし、状況がどんどん変わってきてしまったのだ。いや、いずれはこうなることは決まっていたのかもしれない。日本の地理的条件を考えてみると、平和であることの方が奇跡だといっていい。僕たちはそのことを自覚しているか?中国・ロシアとアメリカの間に位置しており、最近緊迫している朝鮮半島とも近い。中国経済は陰りを見せ、かつてのようにアメリカ経済の安定もなく、力強さもない。地理的状況から基地がおかれるのは当然のことだ。それが安全保障条約なのだ。守ってやってるんだから、俺たちのことも守ってくれよというのは当たり前じゃないか。自分のところは守ってもらって、あとは何もしませんでは普通に考えたらおかしい。安保反対運動をしている方々は間接的にアメリカに核を持たせている。もしそうでないとするならば、私たちに死ぬ気はあるか?自衛隊で自衛できるだろうか?今の世界で核がある以上自衛できるなどありえない。核を持たないということは、平和のために国が、国民が、個人が死ぬ覚悟があるということでなければならない。占領されようとも、攻撃されようとも、断じて戦争はしませんと言い切れなければならない!それは大変に美しい。人間としてあるべき姿だ。もし日本がそうした国家でありうるならば僕は感激する。安全保障条約を解消する勇気が国民になければならない。それを訴えるのが僕は最も正しいと考えている。それが現実的でないというならば、やはり安保法案を受け入れざるを得ないのが現実と言わざるを得ない。戦争するのは断じていけない。でも日本は戦争をし、アジアを占領?(一つにすると言った方がいいか)しようとし、敗戦はしたものの、経済は発展した。ロシアにしても、中国にしても、アメリカにしても、多くの国が核開発をし、軍のために多くのお金を使っている中、僕らは経済と日本社会の在り方を考えることができた。アメリカと同盟国であるがために、北方領土や尖閣諸島の問題などがはっきりしていないのであるから、僕らはそれらを交渉でもって解決していくべきだ。僕らにそれができるか。日米安全保障条約が解消され、沖縄からは基地がなくなり、領土も利益も何もかも争いの元は話し合いで解決し、できぬ場合は(戦争になるのだろうがそれをしない以上)受け入れることになるが、それができるか。いや、できなければならない。平和の道は遠い。しかし、僕らは姿勢を見せることはできる。安保法案反対、戦争反対と叫ぶならば、もっと進んで、国民全体が核を持ちません、戦争をしません、個別的な利益を追求しません、人を傷つけませんと宣言すべきだ。これを実現させた国はなんと美しいだろう。

博識で賢い方々、この記事、考えに関して、間違いの指摘、反対意見、批判をどうかよろしくお願いします。
僕は誤った見方で政治を見たくはありません。また考えも無しにただ世間に迎合するのもよしとはしません。

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No title

すみません、
馬鹿な思いつきで恐縮ですがw。

安保反対、賛成です!
その際、まっ先にしなければならないことは、
対アメリカ向けの軍備になります。
世界最強で、常に戦争をしている国ですから。
アメリカはカナダと戦争をするつもりはないけれど、
対カナダ向けの用意はしているはず。
それをしなければ、自衛権なんて笑止千万。
ということは、つまり、
僕たちは、自衛権なんて持っていません。
安全保障条約というよりは、親方に、
かんべんしてよ~、って、
いやな空気をかもしている見習いです。
独立して店を構えるとともに、完全に戦争を放棄する。
ただし、必ず報復はする。
地球まるごとダメージを与える方法で、
必ず必ず刺し違える。
9条は、とっくの昔に違憲なので、いったん合憲にさせます。
その後、9条の趣旨を、
「素手で参りやした。このとおり何も持っちゃあいません。
勘弁してやってください。おれを怒らせないでやってください」
に変えます。

青梗菜さん、コメント本当にありがとうございました。

青梗菜さん、コメント本当にありがとうございました。

全くといいほど反応がなかったので嬉しかったです。
ひょっとして一般論なのか?(なわけないんですが)なんなのかわからなくなります。みんながなにを考えているのか理解不能です。

なるほど。筋もとおっているようです。そうあるべきです。道理と論理、合理性がまずあるべきでしょう、何事にも、ルールや秩序のためには。それがなんか感情やら、なんやらで滅茶苦茶になっていてうんざりします。日本はおかしな国です…

青梗菜さんのおかげで、すこし希望が持てました。ありがとうございます。これからもどうかよろしくお願いいたします。
(実は僕も愛車はミニ・クーパーなんです。ただ、BMWミニの初代なので少し恐縮してしまいました。そりゃあ、ローバーミニが至高ですもの。いろいろな状況をかんがみてBMW初代ミニということになりました。ミニもどんどんデザインがださくなって残念に思っています。現行モデルなどは虫みたいですし、なんか、僕のセンスには合いません)

No title

わはは、
旧ミニには勝てないw。
あらゆる面で旧ミニを超えているのに、
勝てないw。
あらゆるバンドが、ビートルズをうんぬんできないのと似ています。
あ、では、最強はバッハかなw。

ネットはねぇ、
思考停止を誘いますよ。
99%が何も考えていないと言っていい。
考えている見かけでね~。
1%になりましょうよ、hajimeさん!
99%がいるから、1%になれるのです。

青梗菜さん、コメント誠にありがとうございます。


そんなところですね。旧ミニの方でもドライバーを選ぶわけで、僕はふさわしくなかったと言えるでしょう。旧ミニが乗れるなんていろんな意味ですごいなと思いますし、うらやましいです。派生したものはオリジナルにはどうしても及びません、というよりもそれから生まれている以上論理が成り立たないというところでしょうか。

テレビを見ても、ネットを見ても、賢くなるどころか馬鹿になります。実際馬鹿になってしまっていると痛感しています。言葉遣いや、考え方、世界の見方がなんか偏ってしまっているような…

1%ならまだ我慢できたでしょうが、0.1%くらいかもしれません。現に、ブログを続けてきて何人の方に訪問していただいて、そのうちのどれだけの人から反応があったのか、ということを数字にすると1%にはなりませんでした。現実世界の方がまだ期待ができる、まだ可能性と満足感があります。残念ながら、ネットは自己満足に陥るにもかかわらず、その環境によってその満足感さえ奪われます。記事を書くことに自己満足ができなくなってしまったようです。自分にとっても外部にとってもわずかな意味しかないことに努力することは賢いことではない、そんな結論に至りました。

青梗菜さんは、ネット上でも輝ける資質をお持ちです。1%の輝きが99%を圧倒し得ることを証明してください。
僕自身は、よっぽどこうしたやり取りの方が意味があるように感じます。

コメントありがとうございます。

プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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