善は幸福であり、幸福は理想の実現であり、理想の実現は… 『善の研究』


世のいわゆる道徳家なる者は多くこの活動的方面を見逃している。義務とか法則とかいって、徒らに自己の要求を抑圧し活動を束縛するのを以て善の本性と心得ている。勿論不完全なる我々はとかく活動の真意義を解せず岐路に陥る場合が多いのであるから、かかる傾向を生じたのも無理ならぬことであるが、一層大なる要求を攀援すべき者があってこそ、小なる要求を抑制する必要が起るのである、徒らに要求を抑制するのはかえって善の本性に悖ったものである。善には命令的威厳の性質をも具えておらねばならぬが、これよりも自然的好楽というのが一層必要なる性質である。いわゆる道徳の義務とか法則とかいうのは、義務或は法則其者に価値があるのではなく、かえって大なる要求に基づいて起るのである。この点より見て善と幸福とは相衝突せぬばかりでなく、かえってアリストテレースのいったように善は幸福であるということができる。我々が自己の要求を充すまたは理想を実現するということは、いつでも幸福である。善の裏面には必ず幸福の感情を伴うの要がある。ただ快楽説のいうように意志は快楽の感情を目的とする者で、快楽が即ち善であるとはいわれない。快楽と幸福とは似て非なる者である。幸福は満足に由りて得ることができ、満足は理想的要求の実現に起るのである。孔子が「疎食を飯ひ、水を飲み、肱を曲げて之を枕とす、楽も亦其の中に在り」といわれたように、我々は場合に由りては苦痛の中にいてもなお幸福を保つことができるのである。真正の幸福はかえって厳粛なる理想の実現に由りて得らるべき者である。世人は往々自己の理想の実現または要求の満足などいえば利己主義または我儘主義と同一視している。しかし最も深き自己の内面的要求の声は我々に取りて大なる威力を有し、人性において之より厳なるものはないのである。   『善の研究』


僕は日本文学をあまり評価していない。日本を所詮アジアの極東の小国だとみているし、日本での作家像というのが、僕のイメージに過ぎないかもしれないが、少し前は日本語の巧みな使い手、近年では尋常でない感覚と風変わりな性格の持ち主といった具合で孤高さや厳粛さとは縁遠い存在になりつつある。そうした日本人作家の中にあって、西田幾多郎、その『善の研究』(文学ではなく哲学だが)は最も価値ある作品の一つといっていいだろう。言葉の使い方、文章構成、その徹底した力強い思想、これらは一級品である。

善とは幸福であり、幸福は理想の実現によって得られる満足によってもたらされるというのは大層な言葉でなく、当然と言えば当然で、改めて言明することでないのかもしれない。けれどもこのように、これでしかないと断定できるという研究手法と過程が素晴らしい。文学はぼんやりとしたものを成る丈はっきりとさせ、形のないものを形にする働きを持つ。誰もが感じる切なさを詩にしたり、誰もが感じる世の不条理を小説として描くのだ。僕の考えの中では、善とは幸福であり、幸福とは理想の実現であり、理想とは善をなす、という三項目が循環してしまう。だから、善とは何か、幸福とは何か、あるいは理想とは何か、といった具合にどれか一つに限定して研究しなければならないことになる。しかし、結局『善の研究』に落ち着くのだろうと思う。僕の人生の最大のテーマである『善く生きること』にしたって、つまるところ、『善く』すなわち善をなして生きることを意味しているのだ。一体、西田幾多郎は『善の研究』でもって『善』をなんと結論付けるのであろうか?

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No title

西田幾多郎は、笑いどころが満載。

作られたものは作るものを作るべく作られたのであり、
作られたものというそのことが、
否定せられるべきものであることを含んでいるのである。
しかし作られたものなくして作るものというものがあるのでなく、
作るものはまた作られたものとして作るものを作って行く。
――“行為的直観” 西田幾多郎

笑えるでしょう?w

青梗菜さん、ありがとうございます

西田幾多郎をよくご存じなんですね。
挙げられましたこの箇所に心当たりがありませんでしたのでより注意深く読んでみることにします。

哲学などで形而上の、あるいは抽象的なものを論理的に表現しようとするあまり、こうしたおもしろおかしな表現は時々遭遇して、どんだけwとなることがあります。

楽しい気分になりました。ありがとうございます。
また笑える知識がありましたらまたぜひお教えください。
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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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