ハードボイルドへの目覚め 紳士的ダンディズム


仕事を始めて、案の定、自分の時間が大きく減ってしまった。始める前から分っていて、覚悟の上で就職したのだから不満も残念もない。少し月日が経ったから体力や気持ちの面で余裕も出てきたので読書の時間を確保できるようになった。だが、自分の言葉に直したり、あるいは表現するというところまでは至っていないのでまだまだ改善をしていかなければならない。それに、夏が近いということもあるし、成年男子として肉体、体力の鍛錬、維持にも努めなければならず、そのためのトレーニングも生活習慣化させなければならない。もちろん健康のための体のケアも怠ってはいけないから、全く時間が足りていないのが現状だ。

僕はここで現状に対して怒ったり、不平を言うつもりはない。思いのほか客観的かつ肯定的に見ている。生活も徐々に変わりつつある。その変わりぶり、というよりもむしろどのように生活しているかということもおもしろいと思えるような内容で記述できたらいいと考えている。久しぶりにこうして記事を書いているのも、理由のないことではない。そしてまた少し前回の記事から時間が空いたのも理由がある。僕の中で、はっきり実感としての思想的変化があった。それを簡潔に記しておくためなのだ。

ひょっとしたら、すこし文体に変化が表れているかもしれない。つまり主義の変化とでもいおうか。芸術にしてもそうだと思うが、文学の変遷というのも意味と根拠があることを体験した。僕は岩波文庫を贔屓しているので、―つまり、岩波文庫で出版されているものしか読まないし、ほかの出版社でも訳書が出ていても岩波を選ぶ―いわゆるハードボイルド(といってもヘミングウェイの『日はまた昇る』は出版されているので―友人の勧めもあって(ハヤカワ文庫で)読んだ)は読まなかったし、村上春樹も好きではなかったから、ハードボイルドなるものが好きでなかった。ところが、最近になって、ハードボイルドに惹かれるようになったのだ。自分なりに分析してみると、これまで近代までの名高い文学作品をさまざまに読んできて、種々の思想に触れ、生き方を学んできた。そこでたどり着いた一つの答えは―科学に劣らず、思想もまた相対的である。ということだった。「善悪の彼岸」という存在の意識の芽生えに一度は満足していたのだが、これが先日書いた、出発のあたりの心境だったかもしれない。すべては空である、それでもなにかを欲求する己の心があった。それを満たし得るものが「ハードボイルド」であったのだ。だから文学においてもハードボイルドが生まれたに違いないと僕は考えている。価値観が多様化するなかで、それでも人間は価値を求めようとする。そして、僕が次に求めるべきものだと考えたのが、(僕なりの解釈―「ハードボイルド」=かっこよさなのだが)このかっこよさ、紳士的ダンディズムとでもいうべきものだ。かっこよくなければならない。女性が美しくなければならないのと同様に男性はかっこよくなければならない、そう考えるようになったのだ。この美しさやかっこよさを議論し、考えるべきであって、美しくなくてもよい、あるいはかっこよくなくてもよいという態度は遠慮したい。美徳といわれるものもこれに近いのかもしれないが、異性に対するアピールとしてではなく、人類としての礼儀、人類の歩みに対する敬意としてこれを求めたい。(そういえば、新渡戸稲造著『武士道』の中で、傘をさす場面でのふるまいについての考察があった)

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ふと。

こんばんは。
最近ヘミングウェイは,ハードボイルド,と言う印象をもってるひとが多いですがちがうのではないかとおもいます。ハードボイルドというジャンルが生まれる土台をつくった作家でしょう。

ヘミングウェイ,マルローやオーウェルといった人たちは,いわゆる,「行動派」文学の世代です。
彼らに共通するのは,理念のために武器を取ったということです。
作家ですが,
「自由のための戰爭」に志願してファシストと戦いました。スペイン内戦や第一次世界大戦への参加から,流血の「近代」をみて文学を昇華させた彼らの文学的偉業です。
チャンドラーや村上春樹といっしょにするのはわたしはどうかな?とおもいます。
この時代,第一次世界大戦終結は,ヨーロッパの文化に非常におおきな「恩恵」をあたえます。
ピカソのゲルニカ,といった具体的なことだけでなく,スペイン内戦はロルカ,をうみダリ,ブニュエルといったシュルレアリスム,ダダ,ありとあらゆる藝術を劇的に変化させましたね。
行動派,という意味ではカミュもそうです,
飛行機や通信が軍事技術からはってんしたこと,核も,医学も軍事の必要がおおきな進化をもたらしましたが
映画,写真。そういった近代芸術のいとなみも,すべて軍事によって無理やり進化発展させたものからうまれてきている,といっても過言ではありません,世界大戦は人類の存亡をかけた最初の世界戦争ですから,そこから生まれた芸術も世界的に人類史的にケタのちがう幅,をもっています,
産業革命以降の,文学史でとらえて時代を3つくらいにわけたとき,其一つの時代の代表的な文学者が,ヘミングウェイということです,勿論どちらが深いか浅いかといった価値觀の話や好きか嫌いかといった志向にはにはふみこみませんが。
文学史より文学作品をよむこと,がもちろんすばらしいには違いありませんが,文学を通して,歴史をまなべれば,こんなにいいことはありません。それには文学史の理解,というものがてっとりばやいのではないかと,おもいます。とりわけHajimeさんくらい文学作品を読んでる人は,文学史,にめをむけ,歴史と平行してとらえられると哲学思想も,藝術も,その知識が何乗にも深まり視野もいっきにひろがりますでしょう。
わたしはそうして世界史をまなんだのです。

この次の次の記事ルソーを現代社会にみごとに類推させていらっしゃいますね。それを実感します。アカデミー(いわゆる学校w)によらずどんどん深みが増しているのは凄いことです。

とりとめなくなりましたが。
うまく送信できなくてコメントがだぶってたらごめんなさい,

Re: ふと。

コメントありがとうございます。改めて玄さんはさすがだなと思いました。ハードボイルドに対する知識や概念が僕自身、本当にあいまいで論じることに抵抗と引け目がありました。「ハードボイルドへの目覚め」と言いながら薄っぺらな知識しかなかったのです。ただ、僕の中で「ハードボイルド」は善悪の彼岸であり、カッコよさという意味でとらえています。(記事にもそのように書いたと思います)そしてこの善悪の彼岸、カッコよさを追求するべきなのではないかという思いに至りました。しかし、一方で岩波文庫を贔屓している身としては、村上春樹や三島由紀夫、チャンドラーやフィッツジェラルドが岩波文庫から出版されていないことから、なんとなく求めているものとは違う、という感情も抱きました。その意味で、「日はまた昇る」が岩波文庫にあるのがやや不思議でもあるのですが。

正直、ヘミングウェイを知ってスペイン内戦を知りました。文学史、世界史がよくわかっていないことは僕の大きな弱点で、作品の理解を不充分にしてしまっています。これは反省すべき点です。こうして玄さんから助言を頂けることに感謝しています。文学作品は当時の時代背景を反映していますから、読むことでそれをうかがい知ることができるという素晴らしいツールでもあるのですが、クセでそこに隠された普遍的真理を引き出そうという意識が強くなってしまいます。もっと広い視野を持たないといけませんね。玄さんはプロで僕は素人といった感じですから、これからもご教示をよろしくお願いいたします。

記事を読んでくださっていることがとても嬉しいです。少しでも意味のあるものが発信できているといいのですが。

世界を見るに、発展のために戦争をしたがっているようなそんな印象を受けます。最近になって戦争こそが最大の必要悪なのかもしれないとさえ思うようになりました。これはもうどうしようもないと。けれど諦めてはいけませんよね。戦争、他者を傷つけることだけは肯定してはいけないと思います。近い将来戦争が起こる…そんな恐怖に襲われるこの頃です。

No title

こんにちは。
知識をひけらかしただけで,「さすが」,などといってはいけません(笑
知識なんてその気になれば,いくらでもだれでも身につくものです,Hajimeさんがおっしゃる「そこに隠された普遍的真理を引き出そうという意識」や,なお自分の信念(というとおげさですが信じおもうところ)を,読書とすりあわせて,考え消化していらっしゃることが,まず読書のあるべき姿勢です。

ですから,文学史,うんぬんなどということは,言わずもがなのことだったな,とおもいました。

本の一冊もろくに読まずに知識だけ肥大化したネトウヨみたいのやこぴぺーがあふれるなか,Hajimeさんの書いてることはむしろわたしには際立って面白い,と感じます。

世界史も日本史もわたしの知識などは主観的にすぎますし,その知識のせいで考えも感情,も固定化されてしまっています
シンプルにあっさり,見つめることもできず人にもつたえられません。そういちさんがステキな記事を書いていらっしゃいますね!そう,過去の歴史を今につなげて語る意義,というのがみえてきそうです。仕事にも生活にも結び付けられる知識こそだれもが賛嘆するすばらしいでものです。

岩波書店は,非常に偏った選択をする出版社で,“反知性”主義や,又文学書の出版社のくせに,安倍政權から常に敵視されるという原状ですが・・・。
三島がない,と言うところにもよく現われているとおもいます。
中でも岩波文庫の赤帶(今はこういういい方しないかな?世界文学のジャンル。)はまさに普遍的に,時代やブームに囚われず,,時代を超えて受け継がれるべきもの,良書を世に問う,と言う自負と気概がのこされていますね,時代に迎合しない。Hajimeさんの志向にはかなうのでしょう・・・,


自分の信念に反するおかしなことにはNO,と言える程度に,歴史の常識,をもっていればよいとおもいますが,まずはご自分の信念,ですね。
社会的,政治的な“言語能力”だけが,たけてもしょうがありませんもの

戰爭,たしかにおこりそうです。具体的には来年くらいに軍事的衝突があるとおもっています,
わたしたちの世代がダメだったんです,こんなおろかしい政治を,やられ放題されてしまって,あげくに・・・。
ゆたかな時代に生まれバブルに浮かれていい思いだけをし,国の借金をとほうもないものにしてしまった,それはすべて歴史の無関心からきているのかもしれません。
Hajimeさんら若い世代にほんとうに,もうしわけないとおもいます。

Re: No title


こんばんは。コメントありがとうございます。

歯に衣着せぬところにとても好感を抱きます。ブログにしてもコメントにしても。それゆえに際立って面白いなどと言われるともう嬉しくて仕方ありません。知識をひけらかしただけでしょうか?いえいえ、立派な教示でしたし、アドバイスです。

個人間でも意思疎通などの場では、かえって主観的で固定化された考えや感情のほうが有意義だと感じますし、考えます。だから玄さんとの話は単純におもしろく、勉強にもなるのです。

玄さんとそういちさんの対照もとてもおもしろいです。そういちさんの記事は本当にすばらしく、親切で、公にブログを公開している以上、ああした意識をもってやらなくてはいけないなあと思わせられます。

岩波文庫の赤帯!わかります、わかります。わが蔵書の大部分はこの赤帯であります。岩波文庫の選択に信頼を置いているのは玄さんがおっしゃられるところから来るように感じました。(自分ではそうした意識はあまりなかったのですが)

たしかに言語能力が長けるだけというのは他者を欺き、自らをも欺きかねないので、あまり望まないですが、それでも文学的、詩的で微妙なニュアンスや精緻な表現をできる能力は身につけたいものです。語彙数も少なく、漢字も多く知らないですから、記事を書いていてよく恥ずかしい思いをします。訪問者が幸いにも立派な大人の方たちが多い(割合としてだけです)ので余計にそう感じます。

玄さんのおっしゃることなので信ぴょう性がありますね…恐ろしい。日本はほんとうにダメな国になりましたね、いや、もともと大した国ではないのに、おかしな信念や思想が根付いてたまたま時代の価値観の流れに乗って大きな顔をできているだけかもしれませんが…僕自身は未熟な国、所詮アジアの極東の小国くらいにしか考えていないです。だから前世代が悪いとも感じません。ただ、母国が衰退し、荒廃するのはさびしいですね。日本はもっと謙虚に、しっかりと足元を見ながら一から歩まなければならないでしょうね。そんな時期にきているんじゃないでしょうか。

プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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