"お金"は人類史の一つの発明 徳はほのかな芳香のようなもの

もしすべての人間が、当時の私とおなじように簡素な生活を送るようになれば、盗みや強盗はなくなると、私は確信している。こうした事件は、必要以上に物をもっている人間がいる一方、必要な物さえもっていない人間がいる社会でのみ起こるのである。

「ひとは戦に苦しまずとよ。   
   ブナの木の椀のみ欲りしそのころは」

「政をおこなうのになぜ刑罰を用いる必要があろうか?徳を愛せ。さすれば民もまた徳を慕うであろう。君子の徳は風のごとくであり、小人の徳は草のごとくである。風が草の上を吹き渡れば草はなびく」   『森の生活』より


世の中の仕組み上、少なくとも所有権が認められている以上、格差はできてしまう。すでにこの世の中にあるモノや金は誰かの所有するところになっていて、その所有者は子であるとか、大金を積んで権利を譲ってもらうとか特別な条件を満たす者に受け継がれることになる。基本的には金持ちは最初から金持ちであり、貧乏は始めから貧乏なのだ。これは資本主義という仕組みだから納得できなくても従わなければならないし、挑戦によってわずかな人は貧乏から金持ちへ、逆に不運や失策によって金持ちから貧乏へなる場合もなくはない。だからといって僕はこの社会制度に対して反対をとなえるのではない。皆が平等に同じようなつましい生活を送るべきだというつもりもない。けれどもそれぞれが簡素な生活や金持ちは金持ちなりの役割を果たすということをすれば、格差は際立ったものではなくなり、事件という極端な事態を引き起こすきっかけを与えることはなくなるのではないかと考えている。

簡単にまとめると、すべての人は環境のために簡素で自然な生活をする。貧乏は貧乏の役割を、金持ちは金持ちの役割をきっちり果たす。ということだ。

貧乏の役割は、金持ちに頭を下げ、仕事をもらうことだ。金持ちはちゃんと貧乏とは限らないが、仕事をつくり、与え、その報酬として充分な賃金を払ってやることだ。これの繰り返しによっていずれ、格差は緩和されていくのではないかとも思える。

僕は金持ちを悪いとは思わないし、憎んでもいない。だが人間の性情に流されて、自分の役割を忘れている者が多いように思う。持っているモノは使い、利用し、分かちあわなければならない。金持ちは金を使い、利用し、時には余裕があれば、分かちあう必要があると思う。そして生産性のある、多くの者を益するような使い方をしなければならない。お金を持つにはそれなりの才能と技術がいるのだ。金をどれだけ持っているのかで豊かさを計ることは不可能だろう。金をどのように使えるかによって豊かさは初めて計りの上に載せられる。世の中は科学の発展と思想の進歩で便利に、豊かになってきたと僕は信じたいが、その世界を便利に住み良くしてきた発明や発見の一つが"お金"であることも忘れてはいけない。お金も道具であり、仕組みである。嘆いても批判しても仕様がない。付き合い方を考えなければならない。iPhoneを必要としない人のように、お金を必要としない人もいるだろう。それは大いに結構、むしろ大賛成ですらある。しかし、社会の中で生きていくのならば、その扱い方を知り、考えることは無駄ではないであろう。これも一つの世界を知るということになるのだから。


徳は難しい。すでに人間は増えすぎてしまった。小国寡民であればまだその望みはあったかもしれない。思うに徳はほのかな芳香のようなもので、目に見えず、伝わりにくいものなのだ。理想は刑罰などない世界であろうが、世界も広く、徳の芳香はすぐに霧散してしまうだろう。こうしたことはすべて、小さなところから始めていくより他ない。まず自分自身が、罰の有無に限らず、良心と善に則って行動できるようになる必要がある。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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