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リアルな死の予感がもたらしたもの


僕がもし、もう少し健全で丈夫であったらひょっとしたら多くの人々を救うことになったかもしれない。金の為ではなく、人助けがしたくて医者になろうとしたこともある。でもおそらく物理的に不可能だった。すべての手段を講じ尽くしたわけではないけど、できるかぎりの手はうったけれどだめだったのだ。

ずっと運動も得意だったから、スポーツ選手にも憧れた。誰よりも努力したと思えるほど日々練習をした。それもいずれ限界に達し、ごまかしがきかなくなって、成長するにつれて下手になった。どうしようもなかった。辞めざるを得なかった。これもまた機能的な問題。こうして僕は単純に頭脳と肉体を駆使して活躍するプロフェッショナルになる道は閉ざされた。肉体的不健全。それは思った以上に重くのしかかり、人生に制限を与えた。遊びも勉強も仕事もなにもかもが制限された。それは当たり前のことだったから、不便や不満は感じなかったが単に生きづらさと判断するようになっていた。そうして制限された選択肢の中で運よく現在を過ごし、うまくやっていけている。運が良かったとただ感謝するばかりだ。

不健全もそうだが、不健康というか脆弱ということも最近気にかかる。

髪は少なめで細い。頭部を守る気があるのか?と自分の体に問いたい。目も耳も鼻も悪い。歯磨きは丁寧にやるが3か月に一度歯医者に行かなければすぐ虫歯になってしまう。皮膚は極度の敏感肌で年中かゆみになやまされる。原因は不明なのがまた厄介だ。胃腸が弱い。こんなものは健康のうちに入るとも言えるだろう。けれどタバコやカロリーの高い食事、運動不足など、健康によくないといわれることを本能的に避けているような生活を僕は送っている。おそらく身体が知っていて、そのように思考を導いているのだろう。防衛本能のようなものだ。不思議なことに、僕には三大欲求と呼ばれるものが見事に欠けている。これには誰もが驚く。生命力に欠けている。もちろん体格は生れてからずっとやせ型である。

そしてこの度、すさまじい直感を得た。

「僕が長生きする望みはない」

このことを実感として得ることはなかなかあることではないから少なからず衝撃であり、新たな視界をもたらしてくれた。

考えてみると僕の好みや傾向は、まるで人生を長く生きてきた年寄りのようだといわれるように、若者っぽさを微塵も感じさせない。古典に親しみ、芸術や風情を楽しむ――。若さの刺激や快感とは対極にあるものだ。それほど長くはない人生だから楽しみつくそうと本能的に考えて旅や世界のあらゆることを知ろうとしているのではないかと思う。

近いうちに死ぬかもしれない――というリアルな実感が生み出す価値観。それはすさまじいものだった。

「なんのために生まれて、なにをして生きるのか」、「なにが幸せ、なにをして喜ぶ」、こうした命題が目の前に大きく表れる。そして、信じられない程に、僕は生に執着している!近いうちに死ぬかもしれないという予感に対して死にたくないという強い反発が真底湧きあがってくる。究極の自己矛盾!

また少し、僕の生き方の指針が変わったようである。自然に?運命によって?変えられたように思う。現実的な感覚としての遠くはない将来に死ぬかもしれないという予感……。僕はどのように生きるべきであろうか?

「永遠に生きるかのように学べ。  明日死ぬかのように生きろ」というマハトマ・ガンジーの言葉が浮かんだが、死ぬとしたら、学びよりも、他者への何ができるか、自分が自分以外の世界に何ができるのかということになるだろう。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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