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「さびしさ」と「絆」 余暇の過ごし方

ひとはよく、こんなことを私に言う。「ああいうところに住んでいると、さぞさびしいでしょうね。とくに雨や雪の降る日とか、夜などは、もっとひと里近くにいたくなるでしょう」。それに対して、私はこう答えたくなる。われわれが住んでいるこの地球にしても、宇宙のなかではほんの一点にすぎないのです。われわれの測量器具では正確に直径も測れないほど遠くにある星の上で、最大の距離をへだてて住んでいるふたりの住人のあいだには、どれほど大きなへだたりがあることでしょう?私など、どうしてさびしいはずがあるものですか?地球という惑星は、銀河のなかにあるではありませんか?あなたの質問はあまり重要とは思えませんね。ある人間を同胞からひき離して、ひとりぼっちにしてしまう空間とは、いったいどんな種類の空間だと思います?いくらせっせと足を運んでみたところで、二つの心をたがいに近づけるわけにはいかないということが、私にはわかったのです。私たちが、ぜひその近くに住みたいと望んでいるのはどんなところでしょうか?どうみてもおおぜいの群集の近くじゃありませんね。たとえば、ひとがいっぱい集まる駅とか郵便局、酒場、教会堂、学校、食料品店、ビーコン・ヒル、ファイヴ・ポイントなんかの近くではなく、われわれの経験からして、永遠の生命の泉があふれ出ていることがわかっている場所の近くです。言ってみれば、ヤナギの木が水のほとりに立ち、水の方向に根を伸ばすようなものです。ひとの性質はさまざまですから、いちがいにはいえませんが、賢いひとが自分の地下室を掘るのはそういう場所ですよ……。   『森の生活』より


このことは物理的な距離や場所においてのみではなく、時間に関しても言えそうである。この『森の生活』を読むうえで注意しなければならない点は「アメリカ」と「日本」という社会構造の違いと時代の違いがあり、そしてその中における「ウォールデン池」での2年間の記録であるということ。その生活自体の意味よりも、その生活によって得られた疑問や発見、真理によって、読者が想起せられる自分自身の生活と思想に対する不自然や違和感を是正する意気を促すことに意味がある。

同世代が自立し、多くのものが社会人となって今までとは全く異なる生活を始め、ある者は遠方へその居住を移し、ある者は多忙な生活を送っている。僕の友人とても例外ではなく、そうした物理的なへだたりというものは以前よりも大きくなった。とはいえ、さびしさというものに関していえば、ほとんどの友人が国内にとどまっているわけだし、現代ならば連絡のひとつでその日にでも会うことができることもあるし、最低でも一か月以内には会話の機会が得られるのだからさびしいわけがない。しかも、友人はひとりではなく多くいるのだ。現代ではさびしさというものは人々にとって疎遠な概念なのかもしれない。けれども、その他者との結びつきを容易にする手段としてのツールが、目的に替わってしまう時、さびしさは一層強くなってしまう。現代人が陥る危険というものはこういうところにひそんでいる。

ここまで話しておきながら、僕は人との絆というものにまで考えを広げてみたい。ここに至って、物理的な距離というものはそれだけ心と心の距離ということができるのではなかろうか。多くの時間、多くの思い出を共有する者たちだけが感じることのできる絆や愛着というものは、いかなる方法によっても短縮し、省略することができない。絆や愛着に純然たる理想をもたせるつもりはない。不完全で都合のいいものでかまわない。自分の自由や日々の充実のためにこう言ってよければ、健全な人付き合いというものは不可欠であろう。仕事にも意味をもたらしてくれるし、慈愛という本能をも満たしてくれるのだ。人間とは本来わがままな存在なのだ。

僕の多くの友人は、四年制大学を卒業し、会社の未来の担い手として入社した結果、土、日が休日となっている。ところが、僕は残念ながら?会社のためよりも、顧客のための労働者として入社したから、結果として土、日は原則出勤ということになった。すなわち、彼らとは休みが合わなくなってしまった。同じくこのことは「さびしい」だろうか?いや、僕はそうは思わなかったから、こうした決断をしたわけだし、永久に休みが合わないというわけでもなさそうだし、仕事後に会うことは当然可能なのだから、大した意味は持たなかった。かえって自分自身の時間を確保することができ、その中で永遠の生命の泉を掘ることができるだろうと思う。読書や音楽、自然の中での活動など、考えてみるだけでわくわくする。運よく、友人と予定が合えば、日ごろ身につけたそれらの知識や準備を活かすこともできようと思う。どうしても時間に限りはある。だからその余暇の趣味を何にし、どの程度にするのかということも探りながらしぼっていかなければならない。それもまた充実のためには必要な作業である。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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