人生の選択に伴う、不可抗的制限と条件


意識的な努力によって自分の生活を高める能力が、まちがいなく人間にはそなわっているという事実ほど、われわれを奮起させてくれるものはあるまい。なにか特定の絵を描いたり彫像を刻んだりして、二、三の美しいものを生み出せるということは、確かにすばらしいことである。しかし、われわれが透かして見ている大気という媒体そのものを彫ったり描いたりするのは、さらに立派なことだ。それを可能にするのはわれわれの徳性である。その日の生活を質的に高めることこそ、最高の芸術にほかならない。すべての人間は自己の生活を細部に至るまで、精神がもっとも高められ研ぎすまされた瞬間の観照にも堪えられるものにしておくべきである。   『森の生活』より


今日の自分は明日の自分とは違う。今日の自分より明日の自分がある一点でも上回っていなければ、今日の一日は善く生きたことにならない。僕は実感する、人間の肉体や精神、思考は一進一退の攻防であると。僕はいつか、この地上に楽園を見いだしたい。それができると信じているし、そのために日々努力と研究を続けている。

もしも、僕の生活を全くの無からつくりあげることができたとしたら、生活の質を高め、精神がもっとも高められ研ぎすまされた瞬間の観照に堪えられるものにすることは現状よりも難しくないにちがいない。つまり、僕の生活はすでに始まっていて、今までに不可抗的要素によって大部分がつくりあげられてしまっているから、それを壊し、改善しながらつくりあげていかなければならないのだ。僕の慣れ親しんでしまった生活の不十分なところを注意深く探し出し、取り除き、あるいは改良していくことはとても難しい。今まで僕は自分自身の生活しか経験したことがないし、新たな生活を始めてみることはリスクも伴う。また、これだけ長い時間を生きてきたことによって、動かすことのできない多くの事実にも縛られている。「海の近くで営む生活はどんなものだろう?」、「自然に囲まれた山の中での生活はどんなふうだろう?」ということを思ってみても、まったく想像することができない。生まれてこの方、そうした実際的な生活をそうした環境で送ったことがないから当然のことだ。今から始めてみるとしたところで、やはり故郷が移り変わるわけでもなし、愛着、郷愁は変わらず地元にあるにちがいない。慣れ親しんだ土地、いつでも優しく迎えてくれ、語らいあえる友達が多くいる地元を離れて、そうした単なる環境としての意味で質を高めるために居住地を変えることはどうであろう?その土地、その場所でまた新たな人との出会いがあり、違った生活ができるに違いない。こう考えてみると、いくら人間が自由だからといっても、人それぞれに大きな制限と条件がかけられていて、なかなかよりよい人生の選択をしていくということは難しいようだ。

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自由は他を尊重する

“僕の生活を全くの無からつくりあげることができたとしたら”
ということばと,
今日(4日)のことばのなかの
“何かを所有するということは自己顕示であり、存在条件ともなる”
のあいだに潜むものは,自分の気持ちのもちかたが,何か桎梏にとらわれてしまって,窮屈そうにしているなあ,と,読んでて感じましたが,

“身のまわりにあるもの、日々関係する人々、それらは所有の対象ではない。”

ということばに思索の痕跡が見える氣がします,とてもよいですね!!

自分がいかに一生懸命,物事を普遍化しようとかんがえても,そんな考えや前提は,人と接したとたんに,くずれさってしまう,そんなことのくりかえしでした,わたしの若いときは。
なぜひとはもっと自由を求めないのだろう,と不思議にもおもいました。でも,“自由を追求する”,とは,“無に歸する”営みなのですものね,
無からつくりあげることができる,ではなく。

所有と無所有,は,あいいれないことを知る,と何が見えるか,といえばやはり “孤独”でした。
所有と自由もあいいいれませんし。

孤独は自由の追求の結果なのだ,と考えると,“日々関係する人々”といい關係が保てるのかもしれませんね・・・
なぜなら“自由”,と“他存”も,あいいれるものではありませんから。
 
おもったことを,そのまま書いてしまいました,いろいろ考えさせられる一文でした。

自由は他を尊重する、そのとおりですね

経験が少ないために、どうしても抽象論に陥ってしまい、「自由」を扱うときは「幸福」を論外に置いてしまって、自由と幸福(幸福の中の一つは他者によって生みだされると考える)が極値では相反するものだということに気付けないという簡単なミスをしでかしてしまいます。

ブログを書く際に、どうしてもまとまった内容を書いていくのではなく、インスピレーションとぼんやりとした感じから自分の思考を整理し、あぶりだしつつまとめていくのでこうしたことになってしまう……

「自由は他を尊重する」、この方法でこそ、自由と幸福が実現できますね。野球でいう、自力優勝消滅ではないですが、自分自身の自由は他者によって許され、尊重されることで実現できる…ますます難しいなと感じています。社会のすべてのひとが例外なくお互いを尊重しあえるようにならなければ、どこかで桎梏にとらわれてしまう。そうも考えられますね。


それにしましても、ブロガー同士はなかなか意見の交換というのが難しい―ものを書くということは信条や大義をもっていなければできないこと―のでこうしてメッセージのやりとりができるというのは気持ちがよく、励みになります!(ブログ仲間として互いの発展を願ってのあいさつや、礼儀を尽くすにとどまって、核心に至ることがなかったりします。玄少子さんは若い時代を振り返りながら話してくださったりして、より親近感がわきます~♪)

ありがとうございます。
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Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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