僕たちは僕たち自身をしか、ただしい道へ導くことができない


社会改革者をいたく悲しませているのは、困っている同胞への同情ではなく、たとえ彼が神聖このうえない神の子であるにしろ、本人の個人的な悩みなのだ。この悩みがとり除かれ、彼にも春が訪れ、朝日がそのベッドの上にさし昇れば、彼はひとことの弁解もせずに善良な改革者仲間を見捨てるだろう。

おぼれる者を救ったなら、自分の靴の紐を結ぼう。それからゆっくりと、なにか自由な仕事にとりかかるのだ。   『森の生活』より


人間はどこまでいったってわがままで自分勝手だ。僕のあらゆるアクションの動機はやはり自分自身にふりかかった出来事によって形成される。もっともらしい理由や体面をつくろって、自らの要望と欲望を果たそうという衝動に過ぎない。きれいごとはやめて自分がしたいことを率直に明らかにしたらどうか。人は愚かだから容易に騙され、政治家の美辞麗句、異性の甘言に心を動かされ、文字通り身を任せてしまうのだ。彼らも所詮は自らの要望と欲求を果たしたいにすぎないのだから、そのつもりでいることだ。それに憤懣や不満を抱くことの方が世間知らずで、お門違いだ。だったら自分でやってみろ、できないだろうと言われるだろうし、誰が自ら進んで無駄骨折りをするものかと叱責されるのがおちだ。自分だって、要望や欲望が満たされないからそのように思うだけで、まったく自分勝手、世界が自分の中心だと考える狂気と何ら変わりない。

他者の苦しみや不幸に遭遇したら、手を差し伸べて、お礼を期待することなくむしろ自分の足りなかったところの反省と一時的で偽善的な善行を謝りつつ立ち去ることだ。そして己がそうした苦しみや不幸に陥らないように、今一度自分を律するのだ。所詮僕らには人を完全に救うことなどできないし、そうしようとすることがおこがましく、身の程知らずの所業といえる。僕たちは僕たち自身をしか、正しい道へ導くことができない。このことですら非常に、非常に難しい。不幸や不運に見舞われた人たちからまず教訓と慰めをいただかなくてはならない。僕たちは無力である、だからといって、ただ手を差し伸べるだけでも僕は無意味だとは思わない。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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