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社会の中で生きるしかないのだ


自然的な技術は一人の人間で十分にできることだが、それをやっているうちに、多くの人の協力を必要とする工業的な技術がもとめられることになる。前者は孤独な人間でも、未開人でもできることだが、後者は社会においてのみ生じてくるもので、社会を必要なものとしている。肉体的な必要しか知らないかぎり、人はみな自分で自分の用を足すことができる。余分なものが取り入れられると、労働の分割と配分がぜひとも必要になる。つまり、ひとりで働いている人間は一人の人間の生活資料しか得る事ができないが、百人の人間が協力して働けば、二百人の人間の生活に必要なものが得られるのだ。そこで、一部の人間が働くことをやめてしまうと、働く人々が協力して何にもしない人間の有閑生活の埋め合わせをしなければならない。   『エミール』ルソー著より


社会を否定してはいけない。否定し、改善すべきは社会状況である。わたしたちはもっと、自分たちはみんなと一緒に生きているという実感と感覚をもって過ごさなければならない。まず自分自身を心身ともに養うこと、それがわたしたちが果たすべき大人としての義務である。僕はなんとか25歳にしてある程度の賃金を得る仕事の継続によって身体を養うことができ、同時に社会で生きる人間として、また未来の担い手として、人間を学び、歴史と社会を学び、その中における重大なルール、そして目には見えない真理、善というより高度な概念を探求し、概要の理解に達した。すなわち、ようやく社会人になる準備ができたのであった。詩人や哲学者のように孤独に、社会から脱して生きることも考えた。それも可能ではあるようだった。しかし、そうした社会というマジョリティに対してマイノリティとして生きる強さと高い能力があるのならば断然社会のために働きかけ、運動しなければ本当でないと思う。つまり、社会の中で生きるしかないのである。しかも、そちらの方が最終的には充実と幸福が与えられるのではないかという気がしている。ルソーは的確に社会の働きを説いている。さすがというほかない。

現代社会の歪み、不具合、不完全さ、それらはすべて社会に潜んでいる不真面目な人間によってもたらされている。ズルをし、嘘をつき、だまし、さぼる輩だ。わたしたちは社会を動かす小さな歯車の一つひとつに過ぎない。それらが正しくはまり、回転しなければ社会はうまく動いていかない。その歯車が回転することをやめたり、妨害するような運動をすると、そのロスを補うために、より大きなエネルギーが必要となるのだ。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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