テレビCMの商品は買うな 広告が出ている商品でいいものなど一つもない


僕は最近、強く思うことがある。「テレビを見てはいけない」とまで過激に、極端になるつもりはないが、「テレビのコマーシャルで紹介される商品は買うべきでない」ということだ。民放はこのCMで成り立っているため、番組を作るにあたって、その根本にはスポンサーである企業の商品を広告するという目的がある。そのため当然のこと、番組は視聴者の興味を引くようなおもしろおかしい、または刺激的で、感情に訴えてくるような、それでいて手軽で扱いやすいものとなってしまう。なんとか視聴者を獲得しようとあの手、この手を使って、それぞれの放送局がしのぎを削っているのだが、そのやり方はとても気に入るものではない。デジタル放送の利点を使い、ある番組で放送中にじゃんけんを始めるとほかのところでもじゃんけんをやりだすし、中途半端なイベントなどが盛り込まれていて、そういうコーナーを設けている時間がもったいなく、ばかばかしい。ニュースは真実を伝えるといいながら、特に政治や社会に関する出来事は簡単に真意や真実を伝えることができないので、ある立場に立って伝えざるを得ない。自国贔屓になるのは当たり前のことではあるが、どうも国民が意見を持ちにくい問題について軽々しく、あるいはまったく問題に触れずにいる。原発問題は深刻さを伝えないし、靖国神社参拝の問題は複雑極まりないので、感情を揺さぶるだけであまり意味を持たないように感じる。わかった気にさせるニュースと喜びと憤慨、安心と危機感を呼び起こすような内容と構成は見る価値がないのではないかと考えさせる。結局、民放の根本にある商品を売るための方法としての番組だからそうなってしまうのだ。

だから自然とテレビも見ると害になるという結論を得るわけだが、すべての番組をそう結論するつもりはないが、ほとんどはそうだといえる。だが、それ以上にCMで紹介される商品は僕の感覚ではぼったくり商品でしかない。多額の金をかけて、スポンサーになり、広告料を支払っているのである。お茶の間をにぎわす有名人が多額のギャラによって贅沢な暮らしをして、成功者と紹介されたり、みなされているのを僕は見るたびにうんざりする。その商品の値段のどれだけが、その広告料を占めているか考えてみるとぞっとする。マクドナルドやコカ・コーラを筆頭に、これらの広告効果は絶大であるが―テレビに限らず、スポーツや街角、あらゆるところで広告になっている―商品自体の価値は全く話にもならないものだ。うまくもなければ、環境にも悪い。当たり前だ。粗悪な材料に、効率のみを重視(効率を重視することはごみや無駄を出すということと殆んど同等である)しているのだから。

こんなことを考えたのも、近所のパン屋でハンバーガーが売られていて、僕はそのお店のパンが好物なのだが、マクドナルドなどと値段は大差なく、断然おいしいのだ!広告など当然どこにも出していないし、CMに出ようはずがない。中部エリアに何店舗かあるようだが、既に高い人気があるからCMの必要はなし、ということなのだろうか、同じことがどのような商品についても起こっている。ラジオが視覚を喜ばせなかったために、テレビが受け入れられたように、その視覚情報が強すぎるために―つまり、買わせようという意図―やがてテレビもやや敬遠されるようになるのではなかろうか。

広告が出ている商品でよいものなど一つもない。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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