私たちは何も否定できないし、批判することもできない


「僕は失敗したさ。けれども失敗しても働らいている。又これからも働らく積りだ。君は僕の失敗したのを見て笑っている。―笑わないたって、要するに笑ってると同じ事に帰着するんだから構わない。いいか、君は笑っている。笑っているが、その君は何も為ないじゃないか。君は世の中を、有のままで受け取る男だ。言葉を換えて云うと、意志を発展させる事の出来ない男だろう。意志がないと云うのは嘘だ。人間だもの。その証拠には、始終物足りないに違ない。僕は僕の意志を現実社会に働き掛けて、その現実社会が、僕の意志の為に、幾分でも、僕の思い通りになったと云う確証を握らなくっちゃ、生きていられないね。そこに僕と云うものの存在の価値を認めるんだ。君はただ考えている。考えてるだけだから、頭の中の世界と、頭の外の世界を別々に建立して生きている。この大不調和を忍んでいる所が、既に無形の大失敗じゃないか。何故と云って見給え。僕のはその不調和を外へ出したまでで、君のは内に押し込んで置くだけの話だから、外面に押し掛けただけ、僕の方が本当の失敗の度は少ないかも知れない。でも僕は君に笑われている。そうして僕は君を笑う事が出来ない。いや笑いたいんだが、世間から見ると、笑っちゃ不可ないんだろう」

「何笑っても構わない。君が僕を笑う前に、僕は既に自分を笑っているんだから」    『それから』より


僕もこの手の批判と誹謗を何度も受けたので痛切にこの言葉ともに相手の姿と表情が思い出される。甘いだのずるいだの、逃げているだのと我慢のならない言葉を幾度もかけられたが、僕はその都度もちろん相手を笑うことなく、ただ我慢と辛抱、そして失われた信頼を悔やんでいた。生き方が違うということが何よりもお互いを認め合うということに障害となるらしい。

「どうして私は頑張っているのに、あなたは頑張らないの?こんなに私はつらい思いをしているのに、あなたはちっともつらそうじゃない」というゆがんだ平等観と悲劇のヒロイン、あるいはヒーローぶりにイライラさせられる。日本人特有の美徳?とも思えるつらく、苦労している 人間はすばらしいという偏見。しなくてもいい苦労や辛さを肯定する必要がどこにあるのだろうか?僕から言わしてもらえば「そんなにつらいのならやめれば?がんばりたくないなら、がんばらなければいいじゃん。結局辛い思いをして、苦労している自分が気持ちいいだけで、それを強制するのはやめてもらえる?」となるわけだ。現に僕は表面的な物足りなさ、不足があるのかもしれない。買い物をするでも、何をするでも、常に頭の中のそろばんをはじいて、貯金額と、その月の出費の概算を出して生活をしなければならない。僕は別にそれを苦とも思わないし、節約や節制、無駄を省くということに誇りと楽しみをもっているからむしろ心地よい。大概、そうした相手を批判するような奴らは欲の塊で、独断的で、みんなが自分と同じだと勘違いしている。相手はあなたとは全く違った価値観と性格を持っているということを早く気付くべきだ。あなたは自分が最も優れていて、相手にもその優れた思想を教えてあげようとして、僕に痛切な言葉を浴びせているのだろうが、僕はそうしたことをわかっているから何も言わない。ただこうして、真実だと思うから、全く別の次元で語っているまでだ。だから、僕も強制も批判、否定をするつもりはないが、提案程度には発言したい。

「だって、必死に働かなければ食べていかれないもの」

そんなこと僕の知ったことではない。社会が悪いと思うなら社会を批判すればいい。それでもだめなら、社会に直接働きかければいい、それでもだめなら、黙っているしかないではないか。その矛先を僕に向けることはやめてもらいたい。僕だって同じだ。だから全く働いていないわけではない。それに、働かなくて食べていかれるなら、それはそれでいいではないか。文句を言われる筋合いではない。人生は幸福になるためにあるのであるから、その人が幸せに無事暮らせているなら何の批判の必要があるのか?しかも、そうして必死に働いているあなたは、十分いいものを着ていて、いい車に乗って、きれいな家に暮らしていて、食べていかれないも何もあったものではない。僕はブランドバックをたくさん買うことに生きがいを感じているらしい人に全然働かない、怠惰な人として批判されたが、僕はそんな虚栄心をひどく喜ばす持ち物の何一つとして持っていないのだが?それが見えないらしい。とにかく、自分の恵まれている部分やいわゆる世間的平均値を超えているものを自覚して、いろいろなものに判断を下すべきだ。結局自分がしたいようにやって、その通りになっているというのが現状なのだ。だから社会の何も否定できないし、批判することもできないはずなのだ。

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お久しぶりです。

これ、よく分かります。
苦労しないと、頑張らないと。

私は、リアルではのほほんと生きてる様に映るらしく、こういった事は結構多いです。
反論しても分かってもらえないので、最近は「まあな」の一言で終わらせます。嫌われちゃいますけどね(^^;

kenさん、ありがとうございます。

こちらこそお久しぶりです。コメントありがとうございます。まさかコメントしていただけるとは思っていなかったので驚きました。そしてうれしかったです。

僕はそういった場合「人の一生は、重荷を負て遠き道をゆくが如し、急ぐべからず」という言葉を自分自身に繰り返したりします。こうして似たような境遇、そして共感を得られるというのは率直にうれしいです。なんだか励まされます。

>反論しても分かってもらえない
本当ですね。全然関係のない他人ならまだ仕方がないと思えますが、身近な人などと心が通わないというのはつらいです。けれどこうして共感できる人がいるものですね、よかったです、とても。
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ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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