平穏主義、もっと自然なことをやろう


私には私なりの好みがあり、とくに自由ということがたいせつだったし、きりつめた生活をしてもうまくやっていけたので、いまのところは高価なカーペットとか、そのほかの立派な家具類とか、おいしい料理とか、ギリシアふう、もしくはゴシックふうの家などを手に入れるために時間を費やしたくはなかった。こういうものを獲得することが、自由な生き方のさまたげにならず、いったん獲得した場合にも、その利用法を心得ているひとがいるなら、そういった仕事はおまかせすることにしよう。なかには「勤勉」なひとがいて、労働をそれ自体として愛しているようであるが、あるいはもっとわるいことをしなくてすむから愛しているのかもしれない。こういうひとたちに対しては、さしあたりなにも言うことはない。いま以上に暇ができても、どうしていいかわからないというひとに対しては、いまの二倍働くようおすすめしたい。自分の身柄を買い戻し、自由の証書を手に入れる日まで働くことだ。一方、私のほうは、日雇い仕事こそ、とりわけ独立性の高い職業であることを知った。なにしろ、年に三、四十日も働けば暮らしていかれるのだから。労働者の一日は日没とともに終わり、あとは労働から解放されて、自分の好きな仕事に没頭できる。ところが雇い主のほうは、来る月も来る月も経営に腐心し、一年じゅう息つく暇もないのである。   『森の生活』より


人間の歴史は自由の獲得への道筋である。文明は生存のための利便性の追求であった。しかし今では欲望を満たし、助長するために文明は発展を続けている。すなわち、原始的な生活をしている少数民族と私たち現代人との文明の優劣というものは簡単には評価することができない。いずれにしても進化論と生存本能に基づいた人間の営みの結果である。

文明社会に生きている私たちはこのソローのように社会から外れて生きることが非常に難しくなっている。たとえば、池のほとりであれ、おそらく勝手に住居を建てたら法律に従って、壊されてしまうか、罰せられてしまうだろう。この日本の国土に誰のものでもない土地などどこを探しても見つからないのである。荒れ果てた裏山でさえ誰かの持ち物で木々を植えたりすることさえできないのだ。したがって土地を買うか、借りるかしなければ私たちは生きていかれない。それから年金を支払うのは本国では成人の義務とされているし、国民健康保険などは保険としてはもちろんのこと、市民としての保証書というような働きさえもしてしまう。保険証がないということは、社会人として認められないのである。そして、そうした一見すればホームレスと変わりのないソロー的生活を一度送るとなると、社会復帰ということは非常に難しいだろう。こうした想定をするのも、いつ体調を崩すかわからないし、食物の不作、あるいは天災によって住居や食料を奪われた場合に、どうしても社会や人の助けが必要にならなければならない場合がないとはいえないからである。けれども考えてみれば、そうした事態は決してこうした森の生活をしていなくとも陥ってしまう可能性があり、そのための対策を私たちは取っていないことが多い。とはいえ、社会に属しているということは最後の最後まで私たちを見捨てるようなことはしない。だからそもそも私たちは国家を作ったわけであるのだ。ただこうした国家、社会にあって、国民と契約関係にあるというのがどうしても腑に落ちない。インフラ整備やその他、国力、公務員の整備にあてるのではなく、社会保障一般に税金などの国費の大部分を当ててほしいものだ。私たちは第一に安心と自由を獲得したいのであって、国力と世界での地位を得たいのではない。ましてやこれ以上文明的快適さを求めてはいない。なぜならすでにその快適さは大きな危険を内包するものに変わってきてしまっているからだ。

飽食の時代、住居の飽和状態、理論上生きるために必要な材料はそろっているのだから、人々が苦しまなければならない状況など出てこないはずではないか。働くといったって実際のところそれほどしなければならないことなどないではないか。衣食住にかかわるものだけは必要であり、手間もかかることなのでそれに見合う報酬があってしかるべきだが―ところがこれらに関する仕事の賃金は安い―、社会上の手続きの仲介やら娯楽に供することなどは何時間も費やしてやるべき仕事でもない。生活ましてや命に係わることではないのだから、気休め程度にやっていればいいではないか。みんなが一生懸命働かなくなって、元気がなくなって、日本は衰退する?よいではないか。格差がなくなり、お金があってもできることがしれているなら犯罪も減るに違いない。それでも不自然な、高いところに登ってみたり、巨大なものを作ってみたりしたければ勝手にすればいい。

田舎に住んだことのない人間には田舎の良さがわからない。そして田舎に住んでいた人は都会に容易に進出できるが、都会から田舎に行くのは手間がかかるし、知恵もいるから容易でない。だから馬鹿で知恵のない働くことしか脳がない人間がたくさんできる。それで大変だの、その割に賃金が低いだのと言って、成功したい、経営者を目指す!と意気込んで、その実、経営者や金持ちというのはそれなりのリスクや犠牲を払っているのが、てんで見えていないのである。とてもじゃないが経営などしたくはないし―自分はおろか会社や社員の面倒までみるなんて御免だ―、金持ちになるころは少なからず人から知られるということだから、自由が急激に制限を受けて不自由になる。平穏主義、もっと自然なことをやろう。日本には日本のやり方、国家、国土にあった経済のありかたを考えよう。原発やらたくさんの空港やらがどうして必要か?山を削りダムを作って、狭い国土の小さな都市に人が集まり、コンクリートを塗り固めて不自然極まりない生活を送っている。日本は本来、素晴らしい自然と風土、それに伴う美意識を持った地域なのだが残念だ。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

無料メールマガジン
メルマガ購読・解除
 
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

twitter
月別アーカイブ
最新トラックバック
最新記事
最新コメント
リンク
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる