弁解 現代の「士農工商」 「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ ブログ執筆」


昨日僕が書いたものを読んで僕のことをろくでなしだと思われる方がおそらくいらっしゃるであろうから少し弁解というか、実際的なところのことも書いておきたい。

まず仕事についてよく見てみると、職業従事者のほとんどが広い意味で彼らの両親の職業を踏襲しているといえると思う。今の日本で言えば、多くの日本人労働者はサラリーマンか公務員を職業としているはずである。これは当然のことながら僕自身がそういった両親の元で育ったのであり、環境も教育もそのようにされてきたから―結局、両親が経験してきたことによって教育されるわけだし、その事実こそもっとも意味と信頼性を持つと彼らも考える、周囲がそう見えるともいえる。けれども、メディアが報じる就職活動の話題であったり、失業率、僕たちの身のまわりの社会の動きを見ればおおよそこの見当は間違っていないようである。

この論理でいけば、サラリーマンや公務員ではない―今すぐに浮かぶのは農業や工業に携わる労働者もやはり跡継ぎという言葉があるように踏襲されることが多いと思うのであるが―周囲の人たちの助けやアドバイスがなければ、違う世界に踏み込むのは躊躇するのは当り前だ―、現代ではそうした職業の跡継ぎ問題、すなわち跡継ぎ不足と人手不足が深刻ということが久しく言われている。みんなそうした職業に就きたがらない。低賃金と重労働ということが主な原因なのだろうか、いかんせん僕はその世界についてほとんど何も知らない。なぜなら周りに従事者がおらず、また僕自身が関心が薄いからなのだが……。

しかし僕がそうした社会の一面のみしか知らないことは僕だけの問題ではない。日本は義務教育という制度をとっていて、学問を推奨し、そのための教育、先進国という国づくりのための教育を行なっていて、その教育の行き着くところは大学を経たところの就職、仕事というすり替えになっていて、システム上もやはりサラリーマン(企業戦士)と公務員になるようになっている。僕は戦時中をしらないが、こうした制度がまったく―戦士と書いたのはまさにこのためだが―軍人が信奉され、重宝された時代となんのちがいをもっていないと思えるのだ。現代の人から見ると、軍人という人は自分の身を犠牲にすることで、勇敢さや活躍を称えた勲章で名誉欲を満足させ、世間体を保つことになんの抵抗もなく凄いなあと思うと同時に、どうしてという気持ちにならざるを得ない。実際のところは、現代の人も生命の危険性がいくらか緩和しているだけだ。

「士農工商」という身分制度が存在した時代が日本にはあった―今の言葉で言えば、「官僚・農家・職人・サラリーマンと公務員」という感じになるのではないだろうか。この順番というのは道理にかなっているように誰もが思えるにちがいない。そして僕らは一生懸命になって商人になろうとし、人が殺到し、就職難やら晩婚化やら、少子化やら、なんやらの問題を引き起こし、あくせくし、自殺してみたり、失望してみたりしている。冷静に考えてみれば、どれだけでも選択肢はあるし、考え方一つでこの順位を見れば、それほど拘泥する必要もないと開き直れるはずなのにである。

さて、僕に限ってみれば、中庸というものを重んじていたいというのもあって、官僚やサラリーマン・公務員というものにはあまり惹かれない。農業や工業、すなわち日本の国力と直結する仕事というものを一番重要視している。大体今の日本はそうしたサラリーマンが多くて、サービスや営業といった手段ばかりに力を入れて、それらが用いる対象物の製造や生産を外国人―特にメイドインチャイナが目立つ―に任せ、日本人がつくるよりも劣った品質のものを―日本人が人種的に見ても器用で、仕事が細かいことは認められている―つくらせている。ただ単に人件費が安く、金がかからないという理由からだ。こうしたものをもう一度日本人の手に戻せばいいのにと僕は思わないのではいられないのだが、多くの人はどう考えているのだろうか?

不景気だとか、仕事がないとか、政治が悪い、消費税が、負担がとか騒いで、問題を直視している人間が大体どれだけいるのか、毎日に盲目的に必死で思考停止状態の主権だけを持って無意味に生きている人間がどれだけいるか!

僕はそうした問題を考えながら、実践的に仕事をしていかなければならないし、実際にこのブログによってなにか変化や人間関係を生み出そうという作業も僕にとっては意義のある働きと感じている。この答えはすぐに出るものではないが、僕にはどうしても無意味には思えないので、こうしてまともな仕事―結局サラリーマンや公務員が僕の周りではまともと呼ばれる―もせずに続けている次第である。

「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ ブログ執筆」

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こんにちは☆

メッセージありがとうございます
嬉しかったです。

そして・・・
そうですね
いつも乍の
hajimeさまの真摯にも率直なご意見は
貴重だと心から感じています。

>多くの人はどう考えているのだろうか?

この辺り
個々の観念のなかで
それぞれの局面において
理想的な状況と云うものはあるのですが

マクロ視点で経済を眺むれば
それらは独立したものでなく
このグローバル社会における市場原理を鑑みての
方法論とならざるを得ないわけで・・。
一方で
資本家に富が集中する弊害をさけるための
社会主義経済のハズが
共産圏もあの惨状ですし
ほんとうに
難しいですね(涙


sakiさまへ

コメントありがとうございます。

僕自身、やや個人的観念、主観に偏りすぎているようですから、sakiさまがマクロ視点を持ち出してくださり、いけないいけない、と反省した次第です。考えていないわけではないのですが、主張を持とうとするとどうしてもそうした立場にどんどん進んでしまうようです……。

グローバル社会における市場原理についてさまざまに方法論がありましょうし、またふくざつ極まりないので簡単にいくものではありませんが、先進国と発展途上国というような格差の是正ということは必須であると感じています。どうしても今の豊かさというものが、だれか、あるいはどこかに負担や犠牲を払わせることで成り立っていると思えて仕方がないです。

ありがとうございました。
またよろしくお願いいたします。

同感です

>先進国と発展途上国というような格差の是正ということは必須であると感じています。どうしても今の豊かさというものが、だれか、あるいはどこかに負担や犠牲を払わせることで成り立っていると
思えて仕方がないです。

ほんとうに
そうですね
国家間格差にも胸が痛みます。

明らかな市場の失敗ですよね・・・。

世界市場を完全市場とすべく
多国間ルールの見直しや
途上国のインフラ整備、教育など
私たちが直面している喫緊の課題でありましょう。

※2000年9月のニューヨーク
ミレニアムサミットで採択された国連ミレニアム宣言
そこに掲げられていた8つのミレニアム開発目標
あれから14年を迎えようとしていますのに・・・。




感謝。


ミレニアムサミットで採択された国連ミレニアム宣言の存在を知らなかったのでとても恥ずかしい気持ちです。知識でカバーできることを悩んだり、考えたりするというのは少し滑稽な気がします。すでに証明されているものを自力で証明して満足し、自惚れるような、そんなところでしょうか。そこまでの力が備わったということですから、悪いことではないと思いますけれど。

なによりそうした知識を与えてくださったsakiさまに感謝です。本からよりも人から得る知識が強いということはこういうことですね。
プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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