大学のあり方を考える 「森の生活」ソロー著

ケンブリッジその他にある大学では、必要な便宜を学生に与えるために、本人や経営者たちがうまくやりくりする場合の十倍も思い人生の犠牲を、彼ら双方に強いている。もっとも金のかかるものが、学生のもっとも切実に求めているものであるとは限らない。たとえば、授業料は学期ごとに支払わなくてはならない学費のなかでも重要な項目であるが、同時代のもっとも教養あるひとびとと交際することによって得られる、はるかに価値ある教育は無料である。大学を設立するには、ふつう、何ドル何セントかの寄付金をつのり、それから、十分慎重に扱わなくてはならないはずの分業の原理をとことんまで盲目的に推し進め、この事業を投機の対象と考える工事請負人を呼んでくる。すると彼はアイルランド人やそのほかの職人たちを雇って実際の基礎工事をやらせる。そのあいだに、これから大学に入学しようという若者たちは、そこの学生たるにふさわしい準備教育を受けるのだという。こうした過ちの代償は、のちの世代が支払うことになるのだ。   『森の生活』ヘンリー・ソロー著より


ヘンリー・ソローは200年ほど前に生きたアメリカ人で、この『森の生活』が書かれたのは1854年で、随分昔のことだ。現在とは環境も社会も文明も大きく違うであろう、それに国土も日本とアメリカで異なるし、時代も同じく異なっている。果してこうしたことから『森の生活』に書かれている指摘や問題、忠告は現代の日本にじゃ通用しないということになるだろうか?いいや、むしろ僕は効果的だとすら考えている。なぜなら、かつての状況や環境について言われたことや、そのときの解決策というのが、後の時代の状況や環境が驚くほど相似形になっていて、応用することによって大きな成果を生み出すということがありうると思うからだ。当時の状況や環境のわからない僕たちがそのときの書物を読むと、頭の中では自然に、自分の経験に基づく思想と思考のなかで構築されるため、なんの違和感もなく思いのほか楽に現代の問題に当てはめることができる。「歴史は繰返す」とも言われるではないか!

今後の日本を考える上で大きなテーマの一つは「大学のあり方」であると僕は考えている。もちろん文明の基礎ともいうべき教育こそがその大きなテーマであることにちがいはないのだが、大学と教育は分けて考えなければならないし、大学が国家においてどのような働きをするのかによって、その教育方針というのもの定まってくるわけだ。しかし、逆に教育がどのようなものであったとしても、大学の存在意義になにか一石を投じるというほどに力を持たないように思う。大学は国家のためであり、教育は国民のためという傾向が強いからであろうか。

進歩とはなんであるか?進歩はどこからやってくるのか?それは現状の否定である。現状に満足しないことこそが進歩の原動力となる。そして、問題を解決すること、または革新が進歩の内容である。

革新はとりあえず、優れた才能の出現を待ち、彼らに任せることにして、問題の解決について考えてみたい。「問題は山積している」という声が聞こえてきそうだ。たしかにそうだ。しかし、問題が多かろうが、少なかろうがそんなことは関係ない。取り組めることから着実に一つ一つ処理していくより仕方がないではないか。それが意味するところはつまり、時間がどれだけかかるかということに過ぎない。それらを全て僕らが解決できないことはわかりきっているから、量は問題ではないわけである。

さて、手近な問題を考えるということになるわけだが、ちょうどいま「大学のあり方」について書いたので、これについて考えてみる。いつでも問題は既に手元にあるものである。

たとえば、もっともわかりやすい「増えすぎた大学」の問題。

僕ら世代はちょうど大学全入時代といわれ始めた時期に重なると思うが、高度経済成長の後のバブル崩壊、その後の社会不安から学歴重視というよりも、学歴崇奉、そして安定度の高いビジネスと公務員の受け皿、そして学生という新たな都合のいい消費者を生み出すためのからくりとしての大学という色が濃くなっていったのではないかと思う。結果として少子化を招き、著しい質の低下が問題となっている。当然のことだ。みながみな大学に入って四年、年齢を重ねれば子どもが減るに決っている。住み分けと役割分担をせずに、平等だ秩序だといって互いをけん制しあうのはばかばかしい限りだ。いつから僕たちは自尊心のかたまりになったのだろう?「汝自身を知れ」である。

少子化を防ぎ、止まらせようと思うのならば、20歳前後で家族を養えるだけの賃金があたえられなければならない。学生をやっている暇はない。全員がそんなもの望んでいない。家族であったり、多くの賃金を求めている人間が多いに決っているのに、みんなが学生をやっている。不自然にもほどがある。人間は寂しい生き物だし、多くの人に囲まれていたいと思うのが人間の性だろう。一人で死を待つことほど辛いことはないように僕は想像する。放っておいても産めよ、増やせよとなるに違いない。だから、2年の短期大学を最高学府としてもっと認めるとか、会社との組織化、あるいは学生としてでも十分な労働参加の可能などに取り組んでいく必要があるのではないか。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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