彼女は喜び、僕は笑った。


「女ってやつは奇妙なやつですよ」と、彼はドクトルを顧みて言った。「まるで犬のように扱われ、両腕が痛くなるまで打たれて、それでまだ愛しつづけているんですからねえ」そして両肩をすくめた。「女に魂があるなんていうのは、もちろんキリスト教のもっとも愚劣なイリュージョンの一つですよ」

(中略)

「結局は彼女らの勝ちなんだ。一度彼女らの手に捉ってみたまえ、僕らはいっさいの力が脱けてしまうんだ。白人だろうが、原住民だろうが、同じことさ」   『月と六ペンス』より


小学校の敷地内から路上へ枝を伸ばしている桜や県道に影を落とす桜並木が満開に咲き誇っている姿を車に乗りながら目にして春の到来を感じる今日この頃。日差しは暖かく、ときどき吹く冷たい風がさわやかで日中はとても過ごしやすい。

当り前のように僕は20分も遅刻した。5分の遅刻は毎度のことで、むしろ遅刻を親切心から出るものと自分自身で解釈している。彼女にどう思われているか知らないがあまり気にしていないようであるし、向こうが遅れることもしばしばなのでお互いさまということで片付けている。しかし20分となれば怒りがこみ上げてきても仕方がないし、むしろこみ上げない方がおかしいだろう。あてなく待つことが好きな人間などそういるものではない。

しかし彼女は顔をしかめることもせず車に乗り込んできた。むしろ楽しそうに、うきうきしている様子だ。余程これからの花見が楽しみなのだろう。僕が遅刻してきたことなど気にもかけていず、早く出発しようと言わんばかりにすましている。

〔小言や恨み言の一つあってもいいのに、機嫌すら損ねていないとはどういうことだろう?いやはや奇妙だ。一体僕がどれだけ彼女を待たしているか気にしてみたことがないのだろうか〕

たしかに僕らにとって時間というものはほとんど意味を持たない。腹が減り、日が落ちて家に帰らなければならないという結果をもたらす条件に過ぎない。だから急くこともなければ、じりじりすることもない、気ままにのんきに時を過ごすだけだ。

彼女は欲望を感じているが、僕は寛容に構え、五感を解放するだけで十分なのだ。彼女がいて、美しい自然と世界が広がっていて、そこで憩う人々は背景となる。僕たちは二人の世界を楽しんでいる。

彼女は僕よりも食いしん坊で、子どものように遊びたがる。その遊びには道具がなければ気がすまない。ボールでもなんでもいい、とにかく二人が集中すべき対象が必要だ。

子どもたちでにぎわう広場はこれからの未来が広がっているようで神々しくさえあった。同時に僕とその時代とは隔たりがあることを知って心がしびれた。知らずに過ぎてしまった時代、そして戻らぬ時代。

ハナミヅキやモクレンは淡く色づき、ユキヤナギの芳香が風にのって鼻をくすぐった。足元の斜面には名を知らない花々が控えめに花弁を見せていた。子どもが吹いたしゃぼん玉が舞い上がる。彼女はカメラを一輪の桜に近づける。

君はどうしてそんなに楽しそうなんだ?俺はたいして話していないし、なにかをしてあげたわけでもないのに。

「ボートに乗ろ」と彼女はボート池を指差した。湖面にはアヒルやクジラをかたどったペダルボートと手漕ぎボートが不調和に幾艘もたたずんでいる。

湖上をさっと吹き渡る風がさざなみを立てると、ボートはコントロールを少し失う。重いペダルを懸命に踏み込んで、船体が激しい音を立てると彼女はきゃっきゃと喜んだ。それをみて僕も笑った。

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Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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