古くからの暮らし向き 善光寺平

狭い国土に縦横に張り巡らされている高速道路。その数と距離は今も増え続けていて、僕の地域だと東海北陸道という随分、高山や北陸に抜けるのに便利な高速道路は割に近年開通し、新東名高速道路は今後距離が伸ばされるようであるが、三年ほど前に開通している。伊豆縦貫道であったり、あるいは山陽と山陰を結ぶ高速道路は今後徐々にできていくことであろう。知らないだけで全国に着々と計画が進んでいる高速道路がいくつもあることは想像に難くない。これらは単に利便性を追求しているのではなく、たとえば新東名高速道路が地震や津波などの災害時あるいは緊急時の代替路、避難路・輸送路としての役割をも持ち合わせているように安全や安心のためであったり、あるいはサービスエリアが地域色やショップや食事面での充実によって新たな付加価値を持たせているなどといった具合でさまざまに発達している。

今例に挙げたサービスエリアであるが、従来のサービスエリアはそれ自体が目的となることは考えられないというほどにサービスが充実していない。食事はおいしくないし、ショップもありきたりのおみやげと軽食や飲料が調達できるというくらいものもなのだ。長時間の運転に疲れ、やむなく休憩に立ち寄るに過ぎない場所だから無論それでいいのだし、当然そうなるに決っている。しかし、サービスエリアは変貌したのだ。サービスエリア限定のメニューや商品が並び、地元食材を使った、あるいは地元の有名店がフードコートやレストランで料理を提供する。コンビ二も隣接されていたりして生活や旅に必要な一通りのものが手に入れられる。結果、人々でサービスエリアは賑わい、目的ともなり、退屈な旅の途中に楽しみとやすらぎを与えるまでになっている。

この湯田中温泉への旅の途中に立ち寄った『姨捨(おばすて)サービスエリア』がことさら素晴らしかったので紹介したい。

サービスエリアとしては小規模でレストランが一つ、小さなフードコートとその隣におみやげの売店スペースがあるだけだ。ところがその建物横に手入れされた広場があって、鉄柵の向うに筆舌につくし難い景色が広がっていたのだ。

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島崎藤村に詠われた千曲川が緩やかに折れ曲がって音も立てずに流れ行く。雲は軽く日差しはくすんだ。古くから善光寺平と呼ばれる長野盆地が澄んだ空気で鮮明に姿を見せる。人は山ではなく平地に住むから自然、人が集まる。街ができる。隣り合う千曲市と長野市は県内でも指折りの都市なので盆地は山にかこまれた要塞のようである。他と競うことなく善光寺を中心として古くから伝わる暮らし向きが感じられる素敵な風景。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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