大学院生としての山下 「自由への道」45


〔どうして俺は大学を教授の過ごしやすいものになるように努力して、学生が過ごしやすいようにはしてやらないのだろう!大学は学生のためにあるのであって、教授のためにあるものではない。ましてや企業のためにあるわけではないのに、なぜ学生たちだけが教授たちの要求に懸命に応え、企業の未来のために奔走しなければならないのだろう。彼らがいなくて困るのは教える側の教授であり、働いてもらう側の企業であるはずだ。だとしたら、彼らが主体となった大学、就職のあり方を考えなければいけない。〕

山下は教授について学会に出る機会が多くなり、それに伴って大学がどのように企業と関連し、大学間でどのようなやりとりが行われ、どう関係しているのかということが理解できるようになっていった。そのうちに他大学の友人もでき、そうした限られた場だけではなく、インターネットなどを通じて互いに意見交換をし、情報を共有した。彼は大学という組織を徐々に離れつつあった。現社会で学生と呼ばれる若者の置かれる立場を改善し、前進させるために、立ち上がろうとしていた。さて、なにができるというのであろうか。

学生としての本分である学問の方でも新たな進展を見せていた。前に書いたとおり、彼は「死」についての考えを進め、宗教と死生観、哲学によって人間の死の解釈を得た。その「死」の概念に自ずと専攻しているデザインが混ざり合い、ホスピスケアと終末医療の在り方をデザイン、そして多様性を持つエンディングノートの開発という学術に着手していた。そしてちょうど彼はその書類の仕上げに入っていたところに、教授から無関係の課題を与えられたので内心、慨然としたのだった。

〔今月中に国立がんセンターのホスピスケア科の担当医にアポをとって、研究協力の依頼と取材申し込みをしておく必要がある。だからそれまでに内容説明の準備と取材方法の確認をしなくちゃいけない。それと卒業制作のエンディングノート開発の見本の製作にぼちぼち取り掛からないと間に合わないから、ゼミの全体会議をいつにしようか。〕

彼は右ポケットからスマートフォンを取り出すと、親指をスライドさせてロックを解除し、手際よく「LINE」という無料で好きなだけ通話やメールが楽しめるコミュニケーションアプリを起動し、(十一月十五日午後一時より研究棟二階、小会議室でエンディングノート開発の製作会議を行ないます。)というメッセージを放り込んだ。それらを山下が取り仕切るゼミのメンバーは受信し、確認できるというわけである。彼は引き続きコンピューターに向かいながら作業を続けた。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

無料メールマガジン
メルマガ購読・解除
 
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

twitter
月別アーカイブ
最新トラックバック
最新記事
最新コメント
リンク
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる