言葉の性質 文学作品における悪人


『人は、あまりにも軽々しく美について語る、しかも、言葉に対して無感覚であるために、美という言葉をいたずらに乱用し、その結果、かえって言葉は力を失ってしまう。おかげで、それが表わす実体もまた、凡百のくだらない事物とその名をわかち合うことになり、空しく威厳を失ってしまう』   『月と六ペンス』より 


このブログを一度ならず覗いて見たことがある人は僕が旅好きであることを既にご存知のことと思う。このブログ内には多くの旅先での風景や宿の様子が書かれているがなるべく実際に感じたことを対象の格調を保ちながら表現するように意識している。多くはない僕が扱うことのできる語彙の中から適切なものを選んでできるかぎり"感じ"が出るように注意してもいるのだが、ここに言われるとおり、結局のところその場その場の感動やポーズによって本来あるべきはずである旅館の様子であれば格や質の違い、風景ならば季節であったり、時代背景などによる意味の度合いが適切に表れず、損われているという印象がある。もちろん僕自身も先入観や装飾を排しようと努力はしたものの、旅への愛着、そしてもてなしに対する好意によってどうしても美点や優れたところにばかり目が向いてしまい、欠点や行き届いていないところへの注意がおざなりになってしまっていた。旅への参考にしてもらいたいとの本意から外れてしまうことになりかねないので子の箇所に出くわして大いに反省をした。

『長い習慣というやつが、感受性を麻痺させてしまってからでは別だが、そうでなければ、世の作家というものには、人間性の不思議さ、異常さ、それは道義感など一瞬にして吹き飛ばしてしまうほど興味深いものだが、好んでそうしたものに心を惹かれる、いわば本能ともいうべき志向があり、それには、時にわれながらおそろしいことがある。いつのまにか悪の凝視に芸術的満足を感じている自身を見出して、思わずはっとなるのである。だが、偽りのない話、ある種の行為に対して抱く彼の反感は、その行為の動機に対する好奇心ほど強いものでは決してない。論理一貫した、完全な悪人というものは、たとえ法と秩序を害するものであるにせよ、創造者にとってはたまらない魅力なのだ。思うに、イアゴーを創造したときのシェイクスピアは、これまた空想の糸を織り成して、あのデズデモナを想像したときの彼よりも、はるかに激しい興味を感じていたのではなかろうか。作家というものは、その創り出す悪役を通して、実は彼自身の中に深く根ざしながら、たまたま文明社会の慣習というもののために、潜在意識の奥深く押しやられてしまったある種の暗い衝動に、密かな満足を与えているのかもしれない。彼が創造した人物に血肉を与えるのは、いわば他に全く表現の道を持たない彼自身の中のあるものに対して、生命をあたえているのである。彼の満足感は、結局一つの解放感であるのだ。

作家の関心は、審判することではない、知ることである。』   『月と六ペンス』より


もう既に書いたことと思うが、モーム自身が優れた作家であり、その手による作家を生業とする人物が登場し心情の吐露、あるいは作家観のようなものを作中で呈してくれることはとてもありがたくこの上なく参考になる。

彼がイギリス出身の作家であることから、その作品には英文学の巨星シェイクスピアからの文学的影響が当然みえるが、それを心理描写や巧みな言葉の掛け合いによって優れた完成を果している。シェイクスピアの作品の中にはあらゆる種類の人間性の傾向を持つ人物が登場すると言われ、すべてのタイプが網羅されているといったら言いすぎだろうか―リアリズムではなく、あくまでロマン主義ということに限定してであるが。

「悪人を創造する」という文学のみならず物語ではよく取られる手法であり、また人間の好むところであるのだが、僕は多少の物語を書く身ではあるのだが、悪人を創造するという企てを未だしたことがなかった。それはリアリズムの傾向と博愛主義に近い思想より来った現象であるのかも知れない。これは大なる発見であったから、胸に留めておく必要を感じている。

ここで書かれているように確かに解放感からくる満足感を得られるというものには首肯を禁じえないし、悪人とは言わないまでも、悪意、もしくは悪行を描写することによって今までになんとなく奇妙な快感を得られた経験があったことも事実である。

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Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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