恋について考える


彼がブランシュ・ストルーヴと恋に落ちたとは、まずほとんど信じられなかった。恋のできる男などとは、僕は考えていなかった。恋というからには、とにかくまず愛情というものがなければならないはず。ところが、ストリックランドときた日には、彼自身に対しても、他人に対しても、愛情などといえるものは微塵もない。そもそも恋というものには、心の弱さ、他を保護したい欲求、そして善をなし、喜びを与えたいという切実な願い―たとえ全くの無私的な動機ではないにしても、せめては利己心を隠そうとする一種の利己心とでもいったものがある。つまり、どこかおどおどしたところがあるはずだ。ところが、そういったことは、およそストリックランドには、想像もできない性質だった。恋は、忘我の感情である。それは、恋するものから自我の意識を奪ってしまう。いつかは彼の恋にも終りのあることを、頭では知っても、はっきり実感することはできぬ。どんな聡明な恋人でも、そうなのだ。みすみす幻影とわかっているものに、恋は実体を与えてしまう。そして恋する人間は、それをそうだと知りながらも、かえって現実以上に愛着する。恋は、人を実際以上の存在にすると同時に、実際以下の存在にもする。彼は、もはや彼ではない。もはや一つの個性ではなく、単に一つの物にしか過ぎない。彼の自我とは全く無関係な、ある大きな目的のための道具にしかすぎないのだ。故意にまったくの感傷抜きということはありえない。ところが、ストリックランドという男は、およそそうした弱さとは縁のない人間であった。その彼が、恋というような憑依状態を許すなどとは、考えられなかった。外からの軛を、決して堪えうる人間ではなかったのだ。たとえそれが苦痛であり、そのために彼自身は砕かれ、血みどろになろうとも、彼と、その彼を四六時中当てもなく駆り立てているあの不可解な渇望との間に介入する夾雑物などは、なんであろうと、断固として根こそぎにできるのが彼だと、そう僕は信じていた。もしこんな言い方で、僕が彼から受けた複雑きわまる印象を、多少でも伝えることができるとすれば、恋などをするには、彼は、あまりにも偉大すぎた、と同時にまた、あまりにも小人物すぎたと言っても、あながちとっぴな言い方ではあるまいと思う。   『月と六ペンス』より 


あらためてサマセット・モームの『月と六ペンス』を読んでみて―このブログに記事を上げていることからもわかるように、小説を書く上でとても参考になる作品であることに気がついた。作品中の主人公ストリックランドの生き様や言動が芸術家としての人間性の一面を見せてくれるということに期待していた僕にとっては大きな発見であった。

大人として生きるためには、仕事、お金、恋、人間関係というものは必ず付きまとってくるもので、これらがきちんと舞台装置としてこの「月と六ペンス」には用意されている。たとえばここでは恋についての分析と描写がなされているのだが、心理描写をこれほど平易にわかりやすく書くことは容易ではなく、モームの作家としての筆の力と観察眼がどれだけのものだったかということをよく示している。現代英文学という雰囲気を醸しながら、ところどころ古典的な重厚感を持たせているところはさすがという感じがする。

ストリックランドを引き合いに出しながら、恋の何たるかを説いているこの箇所は特に僕の目を引いたので、ここに記すことにした。恋とはなんであるか、そして自分の恋愛観はどのようなものであろうかということは万人にとってなかなか興味深いことのように思われる。恋は人間存在の第一義的なものになりうる、あるときんは行動の根本原理になりうる性質のものであるそうだが、僕には当てはまらないようである。異性に対して冷淡であることは否定しないし、人間存在に対する自分でもはっきりとわからない不透明な疎ましさがある。そうしたものがおそらく僕を芸術や自然へと向かわせているようにも思う、すなわち、それらが結局のところ人間存在に対してフィルターの役割をしてくれているわけである。

恋を楽しめることはうらやましいなと思うけれども、常に終わりが―終りがなければ恋ではないから―あるものに夢中になるということは解せないところもあるが、そうした客観的見地をとっている以上、恋のなんたるかを知らないのかもしれぬ。いずれにしろ僕は今まである程度作為的に故意に恋をしてきたようである。これも間違いではないようにも思える。傷つくことを恐れるあまりか、それとも自分を持つという強さの表れか。

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Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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