天才は限られた人間に認知される 脳は快楽を苦しみや不満からつくりだす


『ねえ、あれであの男は、天才なんだよ。僕にそんな自惚れがあるとは、まさか思うまいね。僕だって欲しいには欲しいが、だめだ。そのかわり天才を見れば、ちゃんとわかる。そして心から尊敬するんだ。天才、それはこの世界でも最も驚くべきものだ。しかし、持主にとっては大きな重荷なのだ。僕らは、彼らに対して寛容でなければいけない、じっと我慢してやらなければいけないのだ』   『月と六ペンス』より


ああ、天才というものにどれだけ憧れてきたことか。僕には常にヒーローが必要であった。それは僕に自分が凡人であるということを強く認識せしめた。こうして文学をやるのもつまるところ天才を意識してのことなのだ。天才はある限られた人間にしか認知できない性質であると僕は考えている。天才はまず自覚できない。まっさきに僕は天才といって二十世紀最大の天才と言われることもあるアインシュタインを思い浮かべるのだが、彼の言動からは天才の自覚など微塵も感じられないことからもそのことは事実であるように思う。天才といわなくとも、才能、それは人によって見出され、磨かれるものであるから、僕はこうして書くことで己の才能の有無、程合を計っている。才能は自分では計れないのだから自ら進んで評定を受けるべく示さなければならない。

天才は重荷である。それは全くだと思う。天才が幸せであったためしがあるだろうか?だから僕らは天才を看守しなければならない。天才は直接僕たちに利益をもたらしてくれないかも知れないが、人類、後世には間違いなくすばらしい進歩と発展をもたらしてくれるのだ。

『実際人間というやつは、わざわざ自分を苦しめるために、どんなすばらしい創意を思いつくかしれない』   『月と六ペンス』より


僕たちが求め続けているもの、それは快楽であることは疑いない。気持ちよさ、すがすがしさ、なんといってもよいが、とにかく快感、欲求の充足を求めているのである。それらを得るための手っ取り早いやり方はその対極にある苦しみや欲求の不満に陥ることである。脳はよくできていて、僕たちがそれを意図しなくとも勝手にそのように働いて一時的にそういった状態に置かれる場合がある。普段はなんとも思っていないことを曲解し、歪曲して自分を苦しめたり、あえて失敗や不利な状況をつくりだすような言動をしてみたり、誰もが経験したことがあるはずだ。

幸福であるためには、なるべくそうした脳に勝手な働きをさせないように、快楽と苦労のバランスを自分でとっておくべきである。「お金持ちは決して幸福ではない」みたいな話を聞いたことがあるが、日々満ち足りた生活をしていては、やはり脳の働きによって、快感を味わうために、あえて苦しみ、欲求不満をその状態からでさえつくりだしてしまうのである。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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