自分自身に胸張って 『月と六ペンス』

「心というやつは、理性の知らない、特別な理屈をもっている」   パスカル『パンセ』


心を経験と一般論から導き出した理屈で動かそうったって、そう簡単にいくもんじゃない。ましてや利害関係がはっきりした男女の間にあっては理屈を持ち込んだところで立場が不利になるばかりだ。心がコンピューターと同じだと考えるのならそうすればうまくいくに違いないが、心がなんであるかってことが未だ解明されていないのに、どうして人は他人の心、気持や感情を把握できると思って、躍起になって見苦しい努力さえ厭わないのだろう。せいぜい自分の心と誠実に向き合って、自分に問いかけてみることだ。他人には、下心やら理由、目的を持たず、心配りと気遣いをしながら、誠実に接することだ。至誠を尽してあとは相手の反応にゆだねることだ。僕たちにはまじめに正直になることしかできない。けれどそれで十分ではないのだろうか。それができて初めて理屈でもって未知なる心に対峙してみても遅くはないはずだ。

「僕は、しばらくパリに住む決心をした。ロンドンでひどく腐りかけていた。毎日、同じような繰返しばかりしている生活、それに倦き倦きしていたのだ。友人たちはみんな、ひたすら無事平穏な道を追い求めている。彼らは、もはやなんの新しい驚きも与えてくれなかった。会えばどんな話が出るか、たいてい見当がついた。彼らの恋愛事件すら、妙に退屈な陳腐さを帯びていた。僕たちは、いわば終点と終点との間を行ったり来たりする電車のようなものだった。小さなその限界内では、どれほどの客が運べるか、それすらたいてい勘定ができた。生活自体が、あまりにも容易にととのいすぎていた。僕は、激しい不安に襲われた。小さなアパートを明け渡し、わずかな持ち物も売り払い、新しく出直しをする決心をしたのだ。」   『月と六ペンス』より


今の僕の生活はもっと悪いのかも知れない。実家で暮らして、朝起きて、日々の生活のための最低限の稼ぎを得るために仕事をし、眠るまでの間に、芸術的創作とそのための読書を中心とした鍛錬と精進。どんどん友人たちは自分の生きるため、自分を守るために、世界を単純平凡なものにしていった。気休めのための希望が口からこぼれる。ただそれだけのことだ。親は老い、心配と見守ることが仕事だと見限ってしまった。実生活が単純で簡単だった。事件は僕に降りかからない。あるのは内面世界の広がりと、真の意味での実績だ。僕はなにを望んでいるのか?自由かそれとも束縛か。家を出ることが出直しではなくって、制限することになるならばそれは果して有意義といえるのか。もう少し力をつける必要としっかりとした足場があるべきだと思う。そのための時期を今過ごしていくべきだ。実がなるように種をまく。そんな生活をしなければ。

「いいかい、美という、およそ世にも貴いものがだよ、まるで砂浜の石塊(いしころ)みたいに、ほんの通りすがりの誰彼にでも無造作に拾えるように、ころころ転がっているとでも思うのかい?美というものは、すばらしい、不思議なものなんだ。芸術家が、己の魂の苦しみを通して、世界の混沌の中から創り出す者なんだ。だが、それで美が創り出されたからといって、それを知るということは、人間、誰にでもできるもんじゃない。美を認識するためには、芸術家の経験を、めいめい自分で繰返さなければならない。いわば芸術家が、一つのメロディーを歌って聞かせてくれる。それをもう一度僕らの心で聞こうというには、僕らに知識と感受性と想像力とが必要なんだ」   『月と六ペンス』より


一握りの望み。それは僕がこうして美やたからものを見つけ、つくりだそうと毎日を過ごしていくことが、たとえ大きな反響や賛成がなくとも、誰かに、ほんの限られた人に理解され、共感と喜びを与えうるかもしれないと考えてもいいっていうこと。無意味じゃないんだって思えることがどれだけ僕たちにとって支えになるだろう。それを知ってる人は案外少ない気がする。なぜならそれは、無意味に思えるようなことをやったことがない人には感じられない実感だからだ。陰で努力して、大舞台で結果を出したことがある人でなければ、そうした努力がもっとも自分を強くするということがわからないのと同じだ。

そうしたひたむきな努力や姿勢ができる人間にならなければ。自分自身に胸張って生きていくために。

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コラボ的な・・・☆

hajimeさまとは
時折blog記事が響き合っているようで
そのコラボ感が凄く楽しいです^^

>いわば芸術家が、一つのメロディーを歌って聞かせてくれる。それをもう一度僕らの心で聞こうというには、僕らに知識と感受性と想像力とが必要なんだ」

モームの表現力とhajimeさまの引き出し方に感服でした。

鎌倉の記事は
馴染みの場所が
hajimeさまの軽やかなペンの角度で
新鮮に映り
存分に堪能させて戴いてまして
拝見していて楽しいです♪
いつもありがとうございます。



 

 
プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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