『日はまた昇る』 味わい深い作品 


ジャズが好きで、ファッションに関心があって、村上春樹を読んで、かつ退廃的なPは以前から―僕の文学好きを知って―ヘミングウェイ著『日はまた昇る』をもっとも優れた作品として挙げ、何度もその内容や趣向について語っていた。

彼の風貌は、どこかヘミングウェイに似たところがあった。温和な光を放つがような目は時に鋭く相手を射抜くほど輝くことがあり、きっと結ばれた口からはたわ言なんぞ出そうになかった。生気に満ちた顔をしていた。

たしか、彼は何度となくダンディズムということを話題にして、『日はまた昇る』を例にとってみたりもした。僕はその作品を魅力的だとは感じながら、自分の読書の道においてどのような役割を担わせ、こちらとしてはどのような格好で挑もうか、心がはっきりきまっていなかった。そうして何年も過ぎた。

『日はまた昇る』を書いたヘミングウェイはノーベル文学賞を取ったことで知られ、その著作「老人と海」は学生ならば誰でも知ってるほど有名なもので、文学史に名を刻む文豪であるにも関わらず、僕にはそれほど意味を持つようには感じられなかったし、ヘミングウェイがその代表の一人とされる「ハードボイルド」という文学的傾向にもあまりいいイメージを持っていなかった。しかし、「ハードボイルド」は避けては通れないものだと考えていたし、理解するだけの能力が自分にもあることをなんとなく感じていた。そのために、僕なりに準備をした。文学のあらゆる潮流に触れてみた。もちろん不十分だが―。

Pが彼を特に評価していたのは、「日はまた昇る」という優れた小説を処女長編という段階で書き上げたことと、読みやすさであった。自分自身で小説を書いてみればわかることだが、10万字を優に超えるような、長編を書き上げることは並大抵の力ではできない。それゆえに、夏目漱石にしても僕はそう感じたが、駆け出しの作家であるにもかかわらず、それだけのことができるのはすごい。才能があるとはそういうことなのかもしれない。

『日はまた昇る』を読んでみて、今まで経験したことのないほどの読みやすさをまず感じた。文学作品(大衆小説とは区別したいが、もはや「ハードボイルド」は僕にとってあいまいである。)でこれほど時間的にも労力的にも軽く読めたものはなかった。そのせいでところどころちりばめられている文学的表現、詩的感性、道徳観というものが染み込むように心と脳に響かなかった。だが、それらを個別でみると大変すぐれていることに気づく。とにかく会話が多く、発言者の様子をいちいち取り上げずリズミカルにやりとりさせるのは新鮮であった。逆に地の文では、ヘミングウェイがジャーナリストであったことがはっきりわかるほどに精巧で緻密な写実的描写がされる箇所が多く、退屈を感じることも多かったが、牛追い祭りやスペイン、フランスの風景を知らない僕にとっては大いに参考ともなり、物語世界の構築を助けてくれた。女主人公であるブレットは言動からその性格や思考が知れるが、とても魅力的な女性であった。この功績がとても大きいように思える。『アンナ・カレーニナ』のアンナと種類は違えど、素晴らしい人物像であると思う。登場人物の誰もがなにか欠けていて、それによって結び付けられながら、互いに反感を持っているが、ジェイクはその欠陥を受け入れていて、最後にブレットも受け入れようとするところで終わっている。味わい深い作品であることには違いない。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

無料メールマガジン
メルマガ購読・解除
 
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

twitter
月別アーカイブ
最新トラックバック
最新記事
最新コメント
リンク
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる