経験にのみ信頼を置いて、結論を出さない


私たちの行動はおおよそ経験に基づく判断によって下される。それは当然のことだ。この世に生を受けて以来、空っぽだった脳は経験によってのみ満たされ、あらゆる言動はその経験から導き出されるに過ぎない。しかし、私は指摘したい、経験は単に参考であって、それは原則的な働きをするもので、出来上がったモデルではないから現在実際に対峙している問題や現象を今までのその経験に結びつけ、半ば強引に当てはめるのは危険であり誤りである。

こんなことを言い出したのはまさに経験によるのだが、私たち若い世代にとって最重要関心事といえば恋愛、男女関係だと思う。口を開けば、恋、かわいい、イケメン、やさしいなど異性に対する感情と興味が発せられる。彼らは恋愛対象者をしか求めない。かわいくなければ却下、イケメンでなければそっぽ向く。恋人がいれば、あるいは自分に対して無関心だと感じれば、自分のほうで突然興味を放り投げる。

自然を見よ。泉はそれを掬う者がいないからといって枯れるだろうか。人間的興味が相手の状況如何で変化しうるであろうか。

私のやり方はたしかに常軌を逸した、特殊で理解し難いものであるに違いない。だがその根本にあるのは人間的興味であり、それをゆがめているものは人間的機能か意識下における精神作用で、このいずれもが私自身の意志によって左右しうる性質のものでないから、私自身にも現状対処の方法がないしわからない。そうしたことは私だけに限らず多くの人間に起りうることであるし、また実際のところそれぞれの人が抱えている問題はそのような性質のものであることもしばしばであるはずだから、私たちは意固地になって経験にのみ信頼を置いて、それからの判断だけで行動を決するのを控えなければならないだろう。さもなければ、真の信頼関係や、より高い人間的親密さを獲得できぬであろう。

もっと広義でいえば、経験から直接引き出した結論ではなく、それからの推論、あるいは逆説、反作用による判断や結論を下してみるという習慣があれば、それは新たな発見や異なる実りある生活に私たちを導いてくれそうである。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

無料メールマガジン
メルマガ購読・解除
 
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

twitter
月別アーカイブ
最新トラックバック
最新記事
最新コメント
リンク
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる