松本の社会的地位 小説「自由への道」 39

「こっちにいたんだな、てっきり上京でもしているのかと思っていたけど。」

「ああ、高校卒業してからもずっとこっちにいたよ。ただ、家の事情で高校のときにそれほど離れたところではないけれど引っ越して、それ以来とりわけ親しかった友達以外とは疎遠になっちまって、小・中学校の同級生なんて会ってない奴がほとんどだよ。」

「そうだったのか、道理で会わないわけだし、話も聞かないわけだ。」と上井は合点がいった。

「ところで今働いてるのか?」

彼らが中学校を卒業して既に七年が経っていた。すなわち一般的な大卒社会人一年目に当たる年だった。

「いや、まだ働いていないんだ。」と率直に松本が言った。

「学生、それとも大学院に進んだ?まさか就職が決まらなかった…とか?」

「うーん、どれも当てはまらない―。フリーターだよフリーター。」

就職する能力がない、仕事をする意欲がない、あるいは仕事に耐え切れない弱さ、夢のためという逃げ、それらをこの言葉は代弁していた。それを自ら称するのに松本はいつでも苦しい思いをした。それでもこのとき、同世代の友人であったため気兼ねなく自分は就職という選択をしなかったと言うことができた。自分の前途にわずかながらの希望と見通しがついていた。すなわち自分なりの文学、そして作家業という道、それに向かう決心とそのための一歩である創作活動を始めていた。けれども、そうした活動を評価してくれようとは期待もしていなかった。無論、そのことを口外しなかった。

予想外の返答に上井はやや躊躇した。順調とは思われないその進路について深いことを聞くのは憚られた。彼は松本がフリーターをしていることについてなんの悪い印象も感じなかったが、それを相手に伝えることは難しいことに感じられた。普通でないからいけないというのは偏見に過ぎないと考えていたし、それは何より自分自身が一般から大きく隔たっていたのが大きな要因でもあった。「どうしてフリーターに?」と松本に聞いたとしたらその聞き方次第では彼が侮辱と受け取りかねないだろうことも上井は懸念したのだった。誰しも自尊心を傷つけられるのは不愉快なものだ。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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