日本車とドイツ車の特徴 小説「自由への道」 36


それは中古車であったが、フォルクスワーゲン(ドイツ車)で一人前に松本は外車に乗っていた。そのことは少なからず上井をまたしても驚かした。

実際、車体の輪郭を描くラインが日本車とドイツ車ではまるで違っている。日本車はメリハリのない単調な流線型で落ち着いた雰囲気を醸し、ドイツ車のそれはメリハリがあり存在感があった。セダンはかつて高級車のスタンダードな型であり、今でもそれは変わらないのだが、格好のよさよりもそのイメージが先走ってしまい、おじさんくさいという偏見を生んでしまった。たしかに荷物はたくさん乗らず、場所をとるので合理性や利便性、エコが重宝される時代に合っていなかった。しかもセダンは直線的であったが、主流は流線型と言う曲線であった。いつからかスピードは直線ではなく曲線が表現するようになったのだ。内装に関して言えば圧倒的に日本車が快適であろう。上品で乗り心地を重視したシートとハンドリングが採用されているからだ。だがフォルクス・ワーゲンの魅力はその憎いまでの質実剛健さであった。インテリアはシンプルで必要以上にシステマティックに頼らず、マニュアル動作が主立っていた。走りの喜びというコンセプトの基、スポーティーに仕上げられ、コックピットを思わせる運転席などは特に完成度が高く感じられる。エンジンも同様に、繊細でなめらかな日本車、パワフルで軽快に回転するドイツ車。このようにそれぞれに特徴があって、ドイツ車が松本の気に入ったのである。

上井は驚いたが、決して高価なものではなく、松本が入念に磨き、丁寧に扱っているが故にその上質さを保っていたのであった。彼は自動車が常人よりは好きであったのと、所有物はその主人を表すと考えていたから、多少気にかけていて、それは自分を質の良い人間に仕立てようとの努力の一面でもあった。自分の置かれている立場より少し上の物を所持し、身に付けることで自ずとそれに似合うような人間になれるというわけであった。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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