母の信仰が残したもの 現世の日常 小説「自由への道」 31


母はキリスト教信者であったか?それは息子の上井にも実のところわからなかった。母から直接教義を受けたこともなかったし、彼もなんとなくその習慣について口外することに抵抗を感じていたからだった。ただ母は祈りなさいと言った。「お母さんの病気がよくなりますように。」、「みんなが幸せに暮らせますように。」そういうことが祈るという意味であると彼は信じていた。それが習慣になると次第に形式が幅を利かせ、内容が閑却されるようになっていった。彼には毎日曜日の午前が退屈で、しまいには憂鬱になってしまった。けれども、他人のことを思うということ、世界という広い視野を持ち、そのなかにある社会、その平和という大きな思想が芽生えていたのであった。

根源的心の支柱である母を失って、世界は色褪せ、無味乾燥なものとなってしまった。〔生きる意味があるだろうか。〕そんな疑問が彼の中に生まれ、肥大化していった。生きる意味というよりはこれから生きていくであろう人生の旅路が果てしなく長く、とてつもなく苦労を要するものに感じられ、終局までたどり着ける気がしなかった。人生は暗い野道を行くようなものである。父は行く先を照らす光で、母はその導き手である。不安と寂しさ。それを埋め合わせるものはもうこの世界にはないように思われた。

彼はやおら起き上がった。二駅分離れた隣町の本屋に散歩がてらいってみようという気になったのだ。〔眠気もまぎれるし、外の空気を吸えば多少気持も晴れるだろう。何かいい本にめぐり合えるかもしれない。〕

電車の高架をくぐり、一級河川に架かるだだっ広い橋を渡って、国道沿いをまっすぐ歩いた。しばらく歩くと背中からじんわり汗が染み出してきたのが感じられたが、歩をゆるめることなく、淡々と歩いた。隣町は少し栄えていたので、パチンコや医院、カラオケボックスなどが点在し、街らしい風景をつくりあげていた。だがそれらは、彼の生きる世界とは違うところで活動しているごとく、彼になんらの印象も与えなかった。彼にとっては物体でしかなく、景色をさえぎり、日陰をつくる障害物でしかなかった。

〔夏も直に終わって、また季節がめぐる。こうして社会と日常はともに進んでいくわけだ。それらは俺に一瞥もくれないし、ましてや没し去った人間なんてまるでいなかったように気にもとめないんだ。それなのに俺はこの世界の平和を願おうっていうのだろうか。俺にとってこの世界がなんだというのだ。俺がしゃかりきになったってなんにもなりゃしない。〕

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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