親や大人たちが教えてあげられないこと 小説「自由への道」24

「そういえば、ディズニーランド行くって言ってましたよね、どうでした?」と受付に入った本田が藤井さんに声を掛けた。藤井さんは三十路の角を曲がって、肌のハリ、声のツヤに衰えの出始める年齢であった。既に恥じらいも、気品もどこかに忘れてしまったため、陽気な人であり、磊落そのものであった。彼女と一緒にいることは気持ちいいことであった。

「すごいよかったわよ。私もディズニーシーは行ったことあったのだけど、ランドは初めてですっかりディズニーワールドのとりこになっちゃったわ。子どものほうが大変で、その日は一日中興奮しっぱなしで、帰ってきた次の日の保育園でも昼寝の時間なのに、保母さんに話したくて話したくてぜんぜん眠らなかったくらいらしいのよ。」と子どもの様子を愛しみを込めて話す姿はいかにも母親らしかった。

「本当にあそこは別世界ですもんね。僕も小さいときに連れて行ってもらったんですけど、そのときの写真を見るととても楽しそうで、その中にはドナルドの帽子を買ってもらったのがうれしくて、写真に撮ってもらっているのもありました。何度行ってもいいですよね、またいきたいなと思わせる魅力があります。」と本田は幼少期の記憶を引っ張り出そうとした。

「やっぱり親なら子どもに一度はディズニーランドに連れてってあげたいと思うものなのね。ディズニーやジブリの映画や絵本は子どもらしい好みに適しているように思うわ。アニメや絵本って親や大人たちじゃ教えてあげられない、もっと大切なことを教えてくれているように感じるし、子どもたちも頭では理解できなくても、無垢な心で感じ取っているように思えるの。彼らには善や正義が自然と判断できるのよ。私たちは目で物を見ようとしすぎて、心の目で見るってことがだんだんできなくなってしまうのね。」藤井さんは目を細めた。彼女は教育ということは深く考えてみようとしなかったが、子どもの心を育てる、将来立派な大人になってほしいという気持だけはもっていた。母親に、子どもを育てるのに細かい理屈や、複雑な理論は無用なのだ。彼らに寄り添って、彼らと同じ目線と感情を忘れずに、共に成長していく、一方的に教える、教えられるという関係ではなく、お互いに教えられることがあるんだと彼らに接すれば、彼らも親自身も悪い人間とはならないであろう。私たちは良心という神秘を授けられているのだから。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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