小説『自由への道』 18


彼は実家を出て一人暮らしを始めて、はや六年になろうとしていた。その間ずっと住み続けている自宅アパートはすっかり心地よい空間となっていた。かつて自分のものであった実家の一室はそのままの状態で残されていたが、帰省した折に入ってみると懐かしさよりも違和感が先立つのであった。今までに何度となく引越を検討したこともあったが、快適ではあるし、そこでの生活が長くなれば長くなるだけ段々居心地もよくなり、企画の域を脱することはなかった。実際に、その家賃は学生の住居としては廉価でなかった。冷暖房が完備され、日当たりもよく、使い勝手のいいシステムキッチンがついていて、築二年ほどのときから入居しているために部屋の各所がまだまだ綺麗であった。だが、家具類に着眼してみると量販店で購入した特徴のないものが目立ち、二段に組まれた作業机とベッド、椅子、棚などは芸大生らしく木工による手作りであった。付言しておくと、それらの完成度は著しく低かった。売物にされている家具、調度類がどれほど高い技術と緻密な過程によって製作されているのかということを知らない人がきっと多いことだろう。

アパート前の駐車場の所定の位置に車を停め、セキュリティロックのある共用玄関を静かに足早に抜け、通路奥にある自宅の扉を開けた。もちろん室内は暗暗としていて、物寂しいものだったが、すっかり山下は慣れていた。キッチン横の冷蔵庫から栓を空けてさほど日を置いていないワインを取り出し、それと手近にあったグラスと棚から探し出したチーズ風味のつまみをリビングの卓上に準備して、しばらく飲み続けているうちにこの日、頭の中を往来した考えや、受けた印象が薄れていった。



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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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