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小説「自由への道」 16


「そうか。」山下がゆっくり口を開いた。

「俺は本を読まないし、研究で文献に目を通すくらいのことしかしないから文芸に関する知識も観念ももっていないんだが、お前には俺にはない一種の情熱があるんじゃないだろうか。俺がお前と会って話すのも、結局俺自身がそうした情熱に触れて鼓舞されたいという欲求に基づく行動なのかも知れん。少なくとも客観的に、私見を度外視すれば、お前の生き方に興味があるし、今後どうなっているか楽しみでもある。まわりはみんな就職だ、仕事だ、恋愛だ、結婚だと焦って騒いで、社会という大きな分母の中の小さな分子に溶け込んでいく。それぞれが生きるために躍起になっている―。そういえば須崎、就職決まったらしいぞ、聞いたか?本人はどうなんだろうな、うれしいのかな。」

「ああ、聞いたよ。とりあえずよかったよな、決まって。やっとって感じだからな。不本意かもしれないが、ひとまず区切りがついてすっきりしているだろうと思うが―。」

 「近郊にある小さなデザイン事務所みたいだな。ずっと大手にこだわってて、就職浪人して休学浪人までして結局地元の名もないデザイン事務所だぜ。たぶん、その程度なら休学などせずに普通にやってても就職できてただろうな。己の力量と分際をわきまえて適当なレベルを選ぶか、死に物狂いになって、石にかじりついてでも自分の目指す高い地点を獲得するかどちらか腹を決めなければいけない。中途半端は一番怖い。失うものが多すぎる。小さな事務所だろうが、大きな会社だろうがデザイナーがやるべき仕事は変わらない。よい製品をつくりだす―。実力があって認められればどんなステージにも進んでいけるだろう。始まりはたいして問題ではないんだ。しかし、あいつが望んでいたのは都内に本社をもつ全国区の一流ブランドで、あまりに高望みをしすぎた。そこらに行く連中はエリート中のエリート。天才とかすでに頭角を現している強者なんだ。興味があって芸術大学で学んできたやつとは素地がぜんぜん異なるってことがわかっていないんだよ―。俺は大学院二年であいつは大学四年だ。人生は双六のようなもので、立場や環境というものを一マスずつでも進めておくべきだ。足踏みしたり、手をこまねいていることほど愚なことはないよ。」山下は得意になった。

人類に与えられた闘争本能は競争相手を必要とし、自らの優越を確かめようと相手を攻撃したり、弱みを暴いたりすることにやぶさかでない。だがそれは、狭小な了見だ。山下にとって須崎は同じ分野に属しながら、特異点という侵されぬ安全地帯に立って種々に批評できる個人であった。その土俵に立っていないことをいいことに、事情に通じていることを頼みとして奢ってみせるのは、害その身に至るというものである。山下は肩書に安心していたが、現代において人生を渡り果(おお)せるほどの肩書がどれほど存在するのだろう。少なくとも地方私立芸術大学の助手は社会においてほとんど威光を放たないであろうことは想像に難くなかった。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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