小説『自由への道』 15


「俺は少し、お前に苦言を呈したい。お前は大学を退学するべきではなかったと思う。日本では肩書きがものを言うくらいお前は知っていたはずだ。大学卒業、何処どこの研究員、大学院生、学生、なんでもいいわけだ。それを自ら今までがんばって積み上げてきたものを粉々に打ち砕くように捨て去ったのはなぜなんだ。俺にはわからない、お前が労せずして手に入れられる人生の通行手形を無下にする理由が。少なくともお前くらいの学力と才知があれば教授職や官僚、公務員として安泰に過ごせていたに違いない。読書しようが、制作活動をしようがそれは個人の自由だが、それは通学しながらでも、勤めながらでもできるはずじゃないか。お前はどう人生を考えているんだ。金が要るだろう、妻がいるだろう、家族がいるだろう、それらを求めずしてなにを求めるのか。それらをなおざりにして文芸をきわめてなにになるのか。」

「俺は恵まれていたと思う。なに不自由なく育てられ、一般家庭よりも余程いい生活をしてきたように思う。どんなことでもやらせてもらえたし、なんの条件もなく大学まで進学させてくれた。それは俺の意ではなかったにしても、両親が自分の人生を生きてきて、たどりついた安泰、幸福な人生の道筋に俺を立たせ、運んでくれた。だがそれはいつ頃からか俺の抗し難い内なる欲求と衝突するようになった。俺は実学を好んだのではない、真理を求めたのだった。学問ではなく、その内奥に通じる神秘を欲したのだった。講義は退屈で、教授の講釈は無味乾燥で、繰り返し、学問のための学問を学んでいた。俺はそれが自分の人生にとってどのように役立つのかわからなかったし、役立ちそうにもなかった。俺は一度しかない、しかも人生において最も重要な若い時期をそうした徒労と見えるものに費やしたくはなかった。俺はたくさんの高邁な精神によって著された書物を読むべきだと思ったし、美しい絵画や音楽、さまざまな人との出会い、交流、この世界を知り、見聞を広めること、そうしたことに青春を費やすのでなければ、うそだと思った。俺にとって大学に通う意味も必要もなかった。にもかかわらず、俺は両親がそれまでに貯めたお金を無益に使っていたんだ。それが俺にはどうしても耐えられなかった。」

しばらく沈黙が続いた。外では先ほどから雨が降り出していた。玄関と対角にある喫煙スペースの席をとった二人からは通路を挟んで向うに窓越しに交差点が見えていた。濡れた路面は街灯を反射し、日中よりも輝いて見えた。時々タイヤが水を吐き出す音が遠めに聞こえた。歩行者信号は点灯と点滅を何度も繰り返していた。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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