挑戦 小説「自由への道」1


前記事で大げさにも旅日記を物語に仕立て、それを読み物、作品としてブログにアップしていくことを「挑戦」とした。

たとえそれが意味のないことだとしても、そうした行動は意味をもつだろうし、何かに「挑戦」したらその結果必ず何かを生む。

僕は続いて、こんなことを考えた、旅日記をこつこつと1日、1日書いていけたのならば、そうして小説みたようなものも書くことが出来るのではないか?

あくまで「挑戦」だ。

続けられぬかもしれないし、つまらぬ取るに足らないものになるかもしれない。

考えても、不安を持っても、心配しても仕方がないので、はじめてみよう。


 小説「自由への道」

無意識を意識できぬように、眠りもまた知覚することが難しい。目が覚めるその瞬間を捉えることは誰にもできぬのではないか。少なくとも松本にはそれができたためしがなかった。だが彼は自分の感覚というものを常に大事にし、それを鋭敏にしようとの努力も少なからずしていたから、その結果であろうか、目覚めた瞬間におおよその時刻が分るのだった。つまり、眠りに落ちた時刻を把握し、目が覚めたときの熟睡の度合を時間感覚に書き換えることができるのであった。

(おおよそ九時であろう)彼はそう思って、枕元においてある時計の代わりしている携帯電話を見た。果たして八時五十四分であった。彼は目覚まし時計を高校を卒業して以来使用していない。彼はそうしたわずかな制限であれ、「制限」をひどく嫌っていたからである。都市部の高校に通っていたので、自宅からサラリーマンなどと同じく朝の満員電車を乗り継いで行かなければならなかった。そのため早朝に起きなければならず、やむを得ず目覚まし時計を掛けていた。

彼はまず時刻を確認する。続いて近視がひどかったため、携帯電話とは逆の枕元、おおよそ仰向けに寝た場合の右耳のあたりに丁寧に置かれた眼鏡をつける。眼鏡がなければ生活ができないので、彼の人生においてもっとも重要なアイテムである。ようやく部屋内が判然とするので、そこでもう一度掛け時計に目をやって、時刻を確認する。これは意味はなく、クセに近い。

彼の部屋は二階で、リビングは一階にあった。吹き抜けの構造になっていたので部屋を少し出て階下の様子が少し分った。欄干から下を除くと五割の確率で母がテレビに向かってソファーに腰掛けているのが見えた。

普通、小説ではくり返しを避けて、人物であれば固有名詞を彼や彼女として主語に持ってくるが、母の場合は彼女といってはなんだかおかしい気がするので、母はということにしたい。

母は週に2,3日パートとして働き、土日は休日であったため、およそ彼が階下を覗き込むときには半分の割合でそこに母を見出すのであった。

在、不在に関わらず、食卓には朝食が準備されていた。すでに温かみは失われていたが、ご飯茶碗にかけられたラップにはお米からでた湯気の名残として水滴が目にはっきり見える大きさで付着していた。

それらは大概、昨晩の残り物と、父の弁当のおかずの余りであった。

その日、母は不在で彼は差し込む日の明るさの中で独り朝食を食べた。普段よりなんとなくだだくさに食べて、ゆっくりと片づけをした。けれども、感謝の念を失うほど無関心には食べなかった。

彼は食が細かったので、その朝食を昼食と2回に分けて食べることもあったし、朝昼兼用で11時過ぎくらいに食べたりもした。彼は食べることに関する倹約が大きな成果を生むことを経験でよく知っていた。

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Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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