夏旅 エゴと社会と、愛の意味


被災地の現在をこの目で確かめてみたいという気持ちが起こり路線図を見てみると、被害の大きかった三陸海岸の地域では未だ運休区間が多く、比較的被害の少なかった「気仙沼駅」のみが営業している状態であった。

そのほかにも福島第一原発事故による避難区域に含まれる区間などにも運休があったが、BRT(バス高速輸送システム)により交通の確保がされているところが多かった。

旅程の兼合いによって被災地を知見することを断念せざるを得なかった。

結局僕は旅の充実を優先したのであって、震災が残したもの、被災地の今を知ることを軽視したのである。

もし、僕が自分の人生を振り返ったときにいくらか後悔することがあるとするなら、震災直後のボランティアに参加しなかったこと、被災と復興を感じ、理解することができなかったことは必ず含まれてくるだろう。

せめてもの罪滅ぼしとして、三陸海鮮弁当を購入し、仙台駅に着いてから待合室で食べた。

あわび、うに、いくら、蟹のほぐし身の入った贅沢な駅弁でいい旅の思い出ともなった。


その日仙台駅から山形駅をつなぐJR仙山線が落雷による機器の故障で運転見合わせになっており、臨時の高速バスで次の目的地である『山寺』のある山形県へ行くより仕方がなかった。

少し時間があったので仙台駅の駅舎から表へ出てみると、入り口のところに浮浪者というのか、ホームレスというのか分らないが、眠るとも座るともいえず隅に陣取る人がいた。

レ・ミゼラブルのジャン・ヴァルジャンが最初に登場する時のいでたちとでもいえばわかりやすいかもしれないが、全身がうっすら黒ずんでいて、着ているものは服にはちがいないが、ずいぶん汚れてしわしわになっていた。

しかし、彼の目は他人を射るような鋭いもので、馬鹿にするなとでも威嚇しているようでもあった。

僕は彼を横目に見ながら、自分がどういう態度をとり、どういう気持ちを持てばいいのかわからなかった。

夕食が食べれるくらいの金銭を与えたらどうだろうか?と浅薄なことを考えたりもした。

もし牛タン定食を食べたとしたら、この上ない感動を得るだろうと思ったが、すぐにそれはかえって罪ではないだろうか?と考えた。

幸福を知ることは、それが続く手段を持っていないとすれば苦しみを倍加する材料にしかならない―。

中国の故事で、「人に魚を与えればすぐに食べてしまうが、釣り方を教えればその人は一生食べていける」というのがあるようだが、慈悲というものはこういうものでなければならない。

また、そうした施しとでもいう行いは同時に哀れみという言葉でもって代えられる危険もある。

太宰治が『人に善を成す時は謝りながらしなければいけない』とのポール・ヴァレリーの言葉を引いたことも思い出さざるを得なかった。

最後に、尾崎豊の『愛の消えた街』にもその僕たちが考えるべきエゴと社会と、愛の意味が歌われている。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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