夏旅 高館 国破れて山河在り


「中尊寺」から平泉駅の最短路をやや遠回りして義経最期の地「高館」にも足を伸ばした。

僕が自分の周囲で調査したところによると『平泉』は奥州藤原氏が栄華を極めた地というよりも源義経の最期の地としての方が知名度があるようである。

しかし、僕は源義経どころか鎌倉幕府を開いた源頼朝についてすら多くを知らないので、義経最期の地だからではなく松尾芭蕉が来訪して、

『夏草や 兵共が 夢の跡』 

の句を読んだということから行ってみたいと思ったのである。

僕はただ、緩やかに絶え間なく流れる北上川とみちのくの原風景ともいうべき景色をその高台から見たいだけだったのに拝観料が必要だったのは残念に思った。

『国破れて山河あり、城春にして草青みたり』と芭蕉翁は涙を落としたそうであるが、流れているのかどうかもわからぬほど穏やかな北上川と緑なす田畑と山が僕の心をしばらくうつろにしてしまった。

この「国破れて山河あり」は唐の詩人、詩聖杜甫の『春望』になぞらえられている。

芸術や学問、スポーツあらゆる分野においてこうした姿勢は学ぶべきであろうと思う。

国破れて山河在り 城春にして草木深し 時に感じては花にも涙を濺ぎ 別れを恨んでは鳥にも心を驚かす 烽火三月に連なり 家書萬金に抵る 白頭掻かけば更に短く 渾べて簪に勝えざらんと欲す  『春望』 杜甫

かつての栄華も繁栄も栄枯必衰、人々の、一個人の奮闘、逸楽または苦難はいつか終わりを告げ、形も残さない。

祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響あり 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす 驕れる者久しからず ただ春の夜の夢の如し 猛き人もついには滅びぬ ひとへに風の前の塵に同じ  『平家物語』冒頭

僕たちは本当に学んでいるだろうか?

ただ自己満足に陥る愚かな鑑賞者で終わっていないだろうか?

自然は常に教えるだろう、そして歴史は訴えるだろう、目を開き、耳を傾けよ。





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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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