夏旅 東京『増上寺』


駅舎を雨が強くたたきつけ、構内の一箇所では雨漏りがしていた。

駅員が数人寄り合って処理に当たり、うごめく群集のなかで規則的に活動していた。

その晩のニュースで、都内の各所でゲリラ豪雨による冠水や電車の遅延が起こったことを知ったのだが、深く納得しないわけにはいかなかった。

都会ではビルが乱立しているため、視野がさえぎられ、遠方はおろか、ほんのわずかな頭上の空中しか視線を透過させることができない。

それゆえに雷鳴が響き渡っても、その原因となる稲妻は確認することができない。

ただ、反響しながら空気を震わせて、建物内にいる我々を驚かすばかりだ。

そうした恐怖に変わるべき現象も都市になれない僕にとっては好奇の対象であった。

明けない夜はない、降り止まぬ雨はないというように、雨雲を残しながらも、雨は次第に小降りになっていった。

僕が東京に来て一番に訪れてみたいと思ったところは、世間の期待するような東京の名所ではなかった。

一番の人気スポット、スカイツリーでもなければ、東京のシンボル東京タワーでもない。

『増上寺』である。

『増上寺』といっても多くの人にはあまりなじみのないお寺かもしれないが、最近ではきゃりーぱみゅぱみゅが出演する某携帯電話会社のCMで使われたことで知名度を上げたようだ。

僕は無論、そのCMの影響で『増上寺』に興味を持ったわけではない。

以前にも書いたように思うが、世界遺産を巡る旅を始めて、あるとき『日光の社寺』を訪れた。

もちろんその中には『日光東照宮』が含まれており、自ずとその歴史を深く知ることとなった。

もっとも、それ以前にM氏から徳川家康公の遺言の内容を聞き知っていたので、『日光東照宮』で祀り、『久能山東照宮』で遺体を葬り、『岡崎大樹寺』に位牌を納め、『増上寺』にて葬式をあげたとの認識はあった。

それゆえに、このたび『増上寺』を訪ねてみたいと思ったし、それが達成されれば遺言内にある家康公にまつわる寺院のすべてに一応の接触を果たしたことになるのであった。

家康公には、僕が思うに徳と美意識があった。

だから彼の推奨したことや訓戒には耳を傾けるべきだと考えているし、その片鱗を残しているであろう場所には積極的に足を運ぼうと思うわけである。

「浜松町駅」から大通りに沿って、地図上でその示すところを目指していると増上寺よりもさきに東京タワーが見えてきた。

東京タワーに向かって大通りの左側歩道を歩くとその姿を確認できるが、右側だと見えない、そんな位置関係であった。

その道路の行き着くところに大門と呼ばれる、古びた門が当時は夢にも思わぬ車道をまたいで控えめにビルの合間にたたずんでいた。

その道路突き当たりに三門が控え、いよいよ増上寺である。

いくら東京の交通網が発達していようとも、市民は増上寺を通り抜けることは許されぬ、道路も人も迂回しなくてはならない。

三門をくぐる、ひょっこり兜のような屋根を戴く大殿が口をあけている。

DSC06722.jpg

どこにあろうと主役になるべき東京タワーが僕には増上寺を引き立てる名脇役にしか映らなかった。

それほど僕は畏敬の念をもってこの風景を見ていたはずだし、所詮は鉄骨の電波塔であることも解釈していたのだろう。

古今の競演は思いのほか難しい。

歴史遺産を保全することと文化を興隆発展させることは相矛盾するからだ。

東京タワーが文化の象徴である時代は終わったが、それでも現代社会の名残にふさわしい建造物であり、こうして由緒正しき寺院と介している姿は価値があろう。

どうか今後とも文化の共存を許す社会を期待してやまない。

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Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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