僕の書くものは「健康的」で、それはこの上ない幸せによるのだ


文学とはなにかということは何度も考えてきたことだし、明白な答えが与えられるような命題ではないように思うから、これからも考えていくことだろうと思う。

歴史的に見れば、聖書の挿話から着想を得たもの、あるいはその他、宗教的なものであったり、浪漫主義といわれる、理想的人間像や、世界を描き出すもの、そこから啓蒙主義にいたって、人類の発展と高邁な思想を掲げる。

社会風刺などの、社会への警鐘と批判を含んだ社会的なもの、たんに人間性、現実に迫る自然主義。

自分自身が、そうした文学作品を読み、また少なからず日々の出来事や考えたことを文字に表しているのであってみれば、自ずとそうした主義の好みにも関心を抱かざるを得ない。

そして、便宜的な分類は自分なりにしてみるのだが、やはり断定的に自分の主義、主張はいまだ定まっていないことを認めなければいけないし、それが悪いことだとも考えていない。

だけれども、自分が何かを書いている上で、自分が思想の根底にどういったものをもっているかということを把握しておくことは重要である。

汝自身を知れとはよく言われることだ。

それで、今日もぼんやりと自分は何を求め、どういったものを少なからず表現しているのだろうと考えていたのだが、ふと、

「ああ、僕は文学的でないかもしれないし、芸術を求めているのではないかもしれない。

満足もしていないかもしれないし、快感も得ていないようだ。

にもかかわらず、なぜ書きたいのか、そして書くのか。

そしてその書いたものは一体なんであるのか」

唯一こんな答えを与えることができるのではないかと思う。

僕の書いているものは「健康的だ」

健全とはいわない。

むしろ不健全だ。

なぜならば、僕の書くものに若さと情熱、傲慢と無鉄砲、自惚れ、欲情が欠けているように思うからだ。

しかし、健康的だ。

肉体と精神を解放し、向上と保全に気を配り、有効利用、正しい使用に努力している姿がみえなくもないだろう。

そこには死の影も絶望も、不幸も不健康も姿をみせない。

それは類まれな恵まれた境遇といわなければならない。

僕がよく思うこと、それはこの上なく恵まれ、元気で健康に過ごせているという幸せだ。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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