夏到来、旅への思い


『妻が死んでみると、周囲の世界が味気なく見えた。

初めてブラジルに上陸したときと同じく、心の中では自分が異邦人のように思われてきた。

そしてまた、あの島の場合と同じく、使用人たちがかしずいてくれているのを除けば、全く独りぽっちであった。

何をしたらよいのか、何をしてはいけないのか、さっぱり分からなかった。

まわりを見まわすと、世間の人々は忙しそうであった。

ある連中は、パンのために営々と働いているかと思うと、他の連中は、下品な不節制やくだらない放蕩に金を浪費していた。

どちらも哀れであった。

達成しようとする目的が常に彼らの手からすり抜けて逃げていっていたからである。

放埓な人間は、毎日悪徳に飽きるほどふけり、その結果獲得するものは悲しみと後悔の種にすぎなかった。

労働に従っている人間は、働くのに必要な体力を保つためにひたすらパンをえようと毎日苦闘し、そのためその体力を消耗していた。

つまり、日々に悲しみの生活をくり返しており、ただ働くために生き、ただ生きるために働いていた。

これでは、日々の糧が苦しい労働生活の唯一の目的であり、苦しい労働生活が日々の糧をかせぐ唯一の動機である、といわれても仕方がなかった』   『ロビンソン・クルーソーのその後の冒険』より


梅雨が明け、厳しい日差しが照りつけ、屋内であっても外の熱気が伝わってくる、そんな季節になった。

空が押し広げられて、私たちの気持ちも同様に開放的になる。

旅に出たいという強く抑えがたい気持ちが僕を捉え、その充実のために、準備や旅程のことで頭がいっぱいになる。

そんな気持ちに拍車をかけたのは『ロビンソン・クルーソー』であった。

日本の夏は暑い。

しかし、そこに生きる人々―汗を流しながら営業してまわるスーツ姿のサラリーマン、夏休みを全力で満喫している学生、野球場で声援の中、ボールを追いかける少年たち―はすがすがしく、気持ちがよい。

クーラーの効いた部屋で、涼みながら読書するのも一興であるが、やはり戸外に出て、じんわりと湧き出る汗を感じるのも悪くない。

そして、みんなが夏を楽しめるよう一働きするのもまた気持ちのいいものだ。


スポーツの夢、学問の希望が順を追って奪われたとき、周囲の世界が味気なく見えた。

残りの人生に何を求め、何をしなければいけないのか、全く分からなかった。

いわばそれまでの人生から得られたもの、それを生かすべき舞台を失われたも同然であったのだ。

情熱を傾けるべき何物もないのであれば、なんと人生は甲斐のないものだろうというのが僕の本心であった。

生きること、そのものに美徳と意味を見出すには、僕はあまりに傲慢であった。

人はできることならば働きたくはないという。

楽に、ただ遊んで暮らせたならどれほどすばらしいだろうと目を輝かせる。

だけれども、僕はそうした思いから、現状に失望したのではなかった。

また、単純なる労働に疑問を感じたのではなかった。

簡単に言えば、収支の問題に近いものであった。

生きることを前提にすることは、受動的すぎると考えては罪であろうか。

生きることの動機こそ、真の、人生を有意義にするものではないのだろうか。


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No title

望みをとりもどす,,,
というか,,,
きっと,あたらしい解放の旅になるのでしょうね。

猛暑がつづきますがご自愛ください。

ありがとうございます。

コメントありがとうございます。

社会のしがらみといったものから解放され、自分の欲するもの、価値基準などを発見、再認識できればと思っています。

Xuanさまも体調を崩されませんようお過ごしください。
プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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