どっちつかずの二重生活

『なんというだらしのない二重生活だ。

俺れは一体俺れに与えられた』運命の生活に男らしく服従する覚悟でいるんじゃないか。

それだのにまだ小っぽけな才能に未練を残して、柄にもない野心を捨てかねていると見える。

俺れはどっちの生活にも真剣にはなれないのだ。

俺れの画に対する熱心だけからいうと、画かきになるためには十分過ぎるほどなのだが、それだけの才能があるかどうかという事になると判断のしようが無くなる。

勿論俺れに画の描き方を教えてくれた人もなければ、俺れの画を見てくれる人もない。

岩内の町でのたった一人の話し相手Kは、俺れの画を見る度毎に感心してくれる。

そしてどんな苦しみを経ても画かきになれと勧めてくれる。

しかしKは第一俺れの友達だし、第二に画が俺れ以上に判るとは思われぬ。

Kの言葉はいつでも俺れを励まし鞭(むちう)ってくれる。

しかし、俺れはいつでもその後ろに自惚れさせられているのではないかという疑いを持たずにはいない。

どうすればこの二重生活を突き抜ける事ができるのだろう。

生れからいっても、今までの運命からいっても、俺れは漁夫で一生を終えるのが相当しているらしい。

Kもあの気むずかしい父の下で調剤師で一生を送る決心を悲しくもしてしまったらしい。

俺れから見るとKこそは立派な文学者になれそうな男だけれども、Kは誇張なく自分の運命を諦めている。

悲しくも諦めている。

待てよ、悲しいというのはほんとうはKの事ではない。

そう思っている俺れ自身の事だ。

俺れはほんとうに悲しい男だ。

親父にも済まない。

兄や妹にも済まない。

この一生をどんな風に過したら、俺れはほんとうに俺れらしい生き方ができるのだろう』   『生れ出ずる悩み』より


芸術家を志す者は誰もがこのような葛藤に悩まされることと思う。

芸術の道は険しく、孤独で、不可解だといわれる。

そこにロマンこそあれ、幻想に近しく、ある種の人間をひきつけるものであるようだ。

家族や生活、人生、あらゆるものに対して犠牲と弊害をもたらす。

そして得られるものは「生き方」である。

たしかに、世間に受け入れられる芸術家ともなれば世界のあらゆるものを獲得することができると僕は信じている。

僕はどうしても芸術がやりたかった。

しかし、絵筆を握ったこともなければ、音符を読むこともできずに人生の旅路に出たので、せめて文字による芸術―文学がやりたいと切に思った。

そうした野心と熱意は人並み以上に持っているつもりだが、しかし、これもいわば生活の余剰で始めた習慣に過ぎず、性質として持ち合わせたものではないのであってみれば、自己満足以外に意味があろうとはどうも思えぬ。

いずれにせよ、どっちつかずの今の生活は忌まわしい。

幸い、周囲に芸術家志望や野心家をもっているため刺激と励ましを受けることには事欠かない。

彼らは、そんな中にあってステディな選択をしながら着実に地位と食い扶持を得そうである。

のんきでまたしたたかなのだ。

真の芸術家や野心家は冒険心に富み、賭博者気質で、放埓で、果敢でなければならぬ。

脆く、そして美しくあらねばならぬ。

また大きな野望を抱いた旧友は、後継の者の教育者となり、彼らにそのイズムをたくさんがための生活を過している。

そうした、かつての若き志を持ち続けることすら難しいのだ、この人生を生き抜くためには。

早く、この二重生活に見切りをつけなければ、取り返しのつかぬ不幸に陥ってしまいそうである。

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hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

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