『われわれはこっけいで、軽薄で、悪い習慣だらけで、ものを見透かすことも理解することもできないで、ただぼんやりしている』

『ぼくはときおりきたない根性になることがあります。

それは信仰を失うからです。

さっきもここへ来る途中、こんなことを考えました。

「さあ、あの人たちに向かって、どんな具合にきりだそうかしら?

どんな言葉からはじめたら、あの人たちがせめてすこしでも理解してくれるだろう?」

ぼく自分のことも心配でしたが、なによりも一番にあなたがたのことを心配しました。

おそろしく、おそろしく心配しました!

ところが、ぼくにそんなことを心配する資格がありましたか、よくまあ恥ずかしくなかったことです。

ひとりの卓越した人物に対して、無数の不良な人間がいるからって、それがいったい何でしょう?

いや、これらは無数などというべきでなく、ことごとく生ける素材であると確信しているので、ぼくは嬉しくてたまらないのです!

われわれはこっけいだからって、きまり悪がることはすこしもありません、そうじゃないですか?

それはまったくほんとうです、われわれはこっけいで、軽薄で、悪い習慣だらけで、ものを見透かすことも理解することもできないで、ただぼんやりしている。

われわれはみんなこんな人間なのです、あなたがたも、ぼくも、世間の人たちも!

ほらね、いまぼくが面と向かって、あなたがたはこっけいですといっても、あなたがたはほんとうに腹をお立てにならないでしょう?

してみると、つまり、みなさんはその素材じゃないでしょうか?』   『白痴』より


僕自身も少なからずこのブログを書くということについて、こうした心境に陥るのである。

「どんな具合に書いたら読む人に文学のすばらしさや優れた思想、感情を伝えることができるのだろう?

どのようにすればたくさんの人に読んでいただけるのだろう?」

自分の文章力や構成、そして概念の理解、解釈、なにより自分自身の持っている思想が正しく、美しきものかどうかということを心配しながらも、それ以上にこうした環境と活字離れや社会情勢といったものに伴う世間の要求や、その価値観とのズレを心配した。

分析してみれば、書いているものについて一定の価値を自分なりには認めているので一般的に通用するのかどうか、そうしたことが気がかりであるということなのだろう。


『われわれはこっけいで、軽薄で、悪い習慣だらけで、ものを見透かすことも理解することもできないで、ただぼんやりしている』

そうした存在であるのだから、

「もっとたくさんの人に読んでもらうにはどうしたらいいのだろう?

文章や構成が誤っているのだろうか?内容が的を外れたものだからだろうか?読み手の理解力の乏しさからだろうか?

と考えることがそもそもの間違いであり、僕たちはそうであって当たり前なのだ。

ここでいう、素材であるわけだから、その自分という素材、世間という素材を共に少しでも幸福・平和という次元にステップアップできるように文章もうまくなるように努力する、鍛える。

つねに懐疑的になり、思想と感情を見直し、分析し、より高邁なものに触れる機会を得るために働きかける。

世間や接点を持つ人びとに対しては共に成長するという感覚をしっかりともち、価値観の共有と相違の認識と理解、発展。

いずれにしても、『自分が素材であり、こっけいで、軽薄で、悪い習慣だらけでものを見透かすことも理解することもできないぼんやりとした存在』

という考えは幾分気持ちを軽くし、思想を柔軟にしたように思う。

文学に親しみ、見聞を広め、思想の充実をはかるということだけで、自分をなにか価値のある、優れたものだというどこかそうした自尊心をもっているというのは見当違いだということを肝に銘じておかなければならない。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

hajime

Author:hajime
ぜひ、高校生や大学生などの青年諸君に注意深く読んでもらいたい。むやみに多読する必要はなく、知識や思想の力があれば悩みに打ち勝つこともできるのだ。僕自身が高校時代から現在に至るまで苦悩と苦悶を繰り返しながら、懸命に人生について、「善く生きる」とはどういうことか、ということを真面目に考え、行ってきた事実をここに記している。その内容はきっと青年に役立つであろうと思わないではいられない。

無料メールマガジン
メルマガ購読・解除
 
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

twitter
月別アーカイブ
最新トラックバック
最新記事
最新コメント
リンク
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
QRコード
QR
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる